東京

2019年06月02日

僕はお父さんのプライドにかけて娘より深く潜らないといけないと思って、そして目もしっかりと見開らいてそれをちゃんと娘が伺っているかどうかを確かめながら、不格好にあぐらをかくように水中で待ち構えた。


 ゴーグルを着ければ娘はもう恐いものなしで、水面のすぐ下で体をくねらさせながらバシャバシャ水しぶきをあげなんとか顔だけは潜らせて、魚眼レンズのように玉虫色に不気味に光る眼差しをこちらに向けて威嚇するようにさえ見える挑戦的な娘のその姿は、僕には必死に僕の居所を追っかけるだけのようにも見えるのだけど、ただそれは娘の生き様みたいにも見えて、そんなのは今まであまり見たことがないような気がする。


 挑戦的ではあるけれど、まだ娘は潜っても長くは続かない。すぐに顔を水面の上に出し、はしゃぐその様子を僕は水中で察しながら、再び父のプライドで今度はゆっくりと顔を出す。しかし本当は僕も必死だ。娘が知らない昔のように長く息は続かない。四十三年の年齢差がいつも歯痒い。水中から顔を出しプールの天井を仰いだところで僕があらゆる苦しみから解放されることなどないとは思うけど、それでも僕は痩せ我慢でもなんでもして全然大丈夫みたいな顔で水を両手で拭い、絶対それを悟られないように一芝居打たないわけにはいかないのだ。


#東京避難


kaigo_taxi at 20:31コメント(0)
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