我が家のギリギリ疎開計画

2013年10月03日

2013年 10月 03日

 

おはようございます。

途中経過報告です。といっても実はさして進んでおりません。

しかし進展ないわけではありません。

娘と妻が三度行った長崎疎開で知り合った方の中に

僕たちが検討を進めている地に居を構えた方がおりました。

連絡を取り合うようになり、移住の子どもたちを数組引き受けた幼稚園があることも教えていただきました。

11月に入園説明会があるということで、妻だけでも行ってみようということにしております。

 

この前物件見せていただき、主に妻の仕事について直接お話しさせていただいた某先方様にも現状連絡し二物件のうちひとつは取ってあります、

妻に是非うちの事業所へとお誘いも再度頂きました。

ありがたいことです。

 

免許の類を一切持たない妻は今度は本気のようです。

地方はやはり免許は必要。バイクならと、目論んでおります。

 

我が家はあくまで一家揃っての移住視野です。

僕はすべて自分で準備して立ち上げて、苦しいが何とかやっている、認知も頂き“地盤”らしきものも少しできてきたかなぁという今の形での商売を、とりあえずやめてしまおうと考えています。

だから損して得しなきゃなんない。

考えるのが大変です。

 

なにがなんでも移住して見せます。

失敗したらどうぞののしってください。

それくらいのプレッシャーないとおもろくない、このゲーム。

 

次回に続く。



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2013年09月03日

2013年 09月 03日

 

おはようございます。

正確にはきのう夜中なんですけど。

おととい夜出発し、妻と娘は1か月ちょっとぶりに東京へ帰ってきました。

娘は自発的に会話をするようになり僕の話にもより具体的に反応するようになり、少し言葉が遅かった娘もようやく何とか追いついてきた感じです。

 

この週末に我が家は物件を見てまいりました。

移住視野での物件の下見です。

生活全般についても検討してきました。

 

とてもいいお話です。

 

もちろんいろいろ検討し続けていくことにはなりますが

新しい方向に向けて進むことになっていきそうです。

 

妻はまたパートに復帰し、バイクの免許を取ることが具体的目標になりました。

僕は自分に何ができるか、何がしたいか、どうやったら“損して得が取れるのか”という作戦をより具体的に決めていくつもりです。

 

目標達成期間は来年四月。

そこを新しい方向の着地点に設定しました。

 

何を考えればいいかはっきりすれば動きやすい。

力量より若干上に目標を設定すれば、やる気も出る。

 

我が家は新しい目標設定をし、動き出しことにしました。

より具体的なことが決まればまた書きます。

ギリギリでも、何とかなるっていうことを恥を忍んでさらすことが意味あると思っています。

311以降、物の価値観はがらりと変わった、そういう思いです。

 

今一番の課題は、僕の思いきり、そう思っています。

 

次回に続く。



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2013年08月24日

2013年 08月 24日

 

おはようございます。

今日は八月の二十四日の土曜日です。

今月は予想はしていましたが予想以上に過ぎるのが早かった。

妻と娘が長崎へ出発したのが先月28日。そろそろ一か月。

去年の保養の時には一か月経った頃には、僕はほとんどアルコール依存体質だった。

今回は、ほとんどいつものペースが乱れない。

飲まない日はないけどね。

前回は、何をどうしていいかがほとんどわからなかったから今回は、何をどうすればいいか、結論は出ないがこうしてみようという具体的な案が出せるから今回は多少は楽なのかもしれないけれど。

でも問題は山積している。

娘をどこの幼稚園に入れるかが決まっていない。

そんなのありかよって、ふと冷静になるとゾッとする。

それでも楽なんて言う言葉が使えるなんて、僕も戦争中の庶民が板についた。

 

戦争をする奴は市民が戦争を現実として受け入れることを望むんだな。

 

そうはいくかと言いたいが、僕には娘と言う現実が存在する。

僕は別にマゾヒストなんかではないけれど子どもを抱えた親である以上、現実は受け入れなければ守れない。

今でいうなら、“多少の被曝は受け入れなければ子どもを守れない”

と言うことになる。

たぶん子どもを持たない人には理解されないだろう。

しかしこれが今のお父さんお母さんの現実だ。

 

お金が続かなくて空間線量0.3とか0.4とかある地元に子どもを連れて帰る人がいる。

 

子どもを殺す気かと鬼のように怒る人がいる。

怒るくらいなら家か仕事かお金かその人にあげればいい。

 

怒る人を間違えている。

 

正義は時に暴力にもなるよ。

 

たぶんこの僕の言葉も暴力なんだろう。

 

書き手優先の作文には限界がある。

今、一番大事なのは対話して相手を理解すること。

相互理解が一番大事。

会話が大事。街に出て井戸端会議しよう。

アメリカ大使館前が井戸端会議の場所でもいい。

官邸前が、経済産業省の前が、文部科学省の前が井戸端会議の場所でいいし、自分ちの玄関出たところでやる井戸端会議だっておおありだ。

どこでもいい。キャンプの夜のミーティングでもいい。

何でもいい。会議大事。

高円寺や渋谷では、もう会議は始まっているしね。

 

その現実を変えたいと必死で頑張っている人がいる。

そういう方々に失礼なことを書いたかもしれない。

そして僕もそのうちの一人でもあるんだ。

そして、懺悔もしないといけない。

もし今僕に守りたいと死ぬほど思う子どもがいなかったらそら見たことかと、高みの見物してるかもしれないってことを。

もうどうなってもいいよとほとんど諦めてしまっているような気がしていることを。

 

自民党はてめぇらの策略のためのねじれを解消する前に僕らの心のねじれを解消すると、約束するのが筋なんじゃないのか。

市民がその生き死にを意識せざるを得ない葛藤をしているのにそれをないがしろにする国家に、僕らに用事はない。僕らは必ずこの政治を終わりにします。

いい国つくりましょう。僕らが自分で。

 

ところがだ。

ところがここで僕らは親の子を思う気持ちとこの国が延々と持つ自己抑制の二つをきっちり分けなきゃなんない。

面倒くせぇなぁ。

 

また一つこんがらがった紐をほどかくちゃいけない。

現実を受け入れるという表面的な態度は似ていても

一方は現実を見ることで初めて戦える体勢ができると思う者で一方は戦わずに済むような現実の見方を会得している者だということです。

 

紐はわりとあっさりほどけたかな。

僕にはこの辺で限界。

あとは皆さんにお任せします。

 

話逸れてました。

 

妻と娘は来週末に一時保養を終えて帰ってきます。

僕らは東京以外のところで合流することにしています。

その段取りは一応終えました。

来月からの東京での生活は以前と同様、たまに箱根の週末保養しながら春まで行くつもりです。

春以降の段取りをつけるのも来月以降の仕事です。

妻にはまた頑張ってもらいます。

僕には一つのスタイルが浮かんでいます。

現実的な生活スタイルです。

それをこれから吟味します。

まだはっきり言えません、スイマセン。

ただひとつ、言いたいのは、

僕らには覚悟が要ります。

言葉を発するための覚悟。生きるための覚悟がです。

はやく銀行行って皆さんご自分の覚悟を持ってきてください。

早くしないと銀行は皆さんの覚悟を担保にどこかに行っちゃいますよ。

 

次回に続く。



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2013年07月28日

2013年 07月 28日

 

今日朝の新幹線で妻と娘が一時疎開先の長崎に向かいました。

4回目の疎開です。

今頃着いて、再開を喜んでいるんだと思います。

今日から僕も「今はひとり」になりました。

 

やることがいっぱいあります。

・・勘違いしないでくださいね。

 

僕には来年からの娘の幼稚園の為、僕ら家族の生活の為の仕事が待っています。

そしてたくさんの市民運動にも参加したい。

自分のやっている運動も盛り上げたい。

いろんなアイデアが浮かんでくる。

時間が足りない感じ。

 

今回僕はいい年こいて東京駅のホームで別れの涙を出すような醜態をさらさないことには成功しました。

ギリギリでしたが。

 

今回は前回と違って帰りの目途がすでに立っていて、やることがはっきりしていて、帰ってきてからの予定も決まっていて、精神的には楽でおります。

 

この前の半分だし。

 

酒の量もそんなに増えないなきっと。

飲みながら書いてるが。

 

一か月娘の姿が見られない寂しさは封印して、一生懸命封印して過ごします。

 

やることがいっぱいある。

未来に向けての前進です。

小さいが、また僕ら家族三人は少しだけ進みます。

 

次回に続く。



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2013年07月25日

2013年 07月 25日

 

おはようございます。

娘と妻の4回目の一時疎開の予定が決まりました。

今度の日曜日に妻と娘は保養先の長崎に出発いたします。

今回は新幹線です。

飛行機をやめたのはいらぬ被曝を避けるためと、小児運賃の回避です。

 

長崎は3度目なので要領を得ております。

妻の最も大変な仕事は居残る僕の食事の準備。

食べ物に関して言えば僕はペットとさほど変わりません。

 

娘には時々、わかっているのかいないのかわかりませんが、一応“また長崎行くよ、お母さんといっといで、お父さんは留守番しとくから”と言っています。突然ではかわいそうですし、前回散々泣かれたので。

 

一体何をやっているんだろうと、たまに突然感じることがあります。

今どこで生きているんだろうと。

 

すべて嘘であってほしい世界に生きるためにはたまに現実逃避が必要であることを人間の体はちゃんと知っているんですね。

これこそ危機管理。

 

危機管理は人間の感性に正直になれば、出来ることなのにね。

 

我が家にとって長崎は知り合いや仲間のいる行ったことのある、あくまで一時疎開の場所になりました。

 

移住を検討するための候補地からは外れました。

ほかに候補地ができました。

 

そのための準備に、娘と妻がいない一か月、僕は取り掛かるつもりです。

 

1.移住検討先の支援の方と情報のやり取り。

2.下見の予定を組む。

3.帰ってきてからの妻のパートと、週末保養の予約。

 

僕のネックは仕事です。

車を持って許認可もらっている自営ですので、廃業もしくは移転の場合、もうここには戻らない、戻れない、そのくらいの覚悟が要ります。

それでもかまわない状況がないと移れない。

そもそもいつかは東京を抜け出したいと思っていたので、その延長で考えればいいのですが、いきなり動くことが先に求められましたのでそこが辛いとこです。

 

余儀なくされて移動するより、自分の都合で東京を離れたい。

そういう状況にしないと、簡単には動けません。

そんな無責任はできない。

今は早く“動ける状況”を作らないといけない時期だと考えています。

 

動くのは僕らの意志にしないといけない。

やむを得ず逃げるにしたくない。

 

こしてこれは国への強烈な抗議のつもりでもあります。

 

ずっと僕は作戦を練って生きてきたのでこれからもそうします。

原発事故は予想はできたが実際の作戦の中では想定外だったのが、僕の誤算だった。

さすがに焦った。

でもまだなんとか地上すれすれを飛べている。

 

これからもうちのことでも書けることは書きます。

情報をできるだけ共有することがこれからの生きる術だと思っておりますので。

 

次回に続く。



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2013年07月02日

2013年 07月 02日

 

おはようございます。

四月以降、週末保養を目的に三度箱根に行きました。

 

なぜ箱根かと言えば、空間線量や土壌調査で事故直後含めた極端な比較的高い数値の報告が見つけられないという理由と、東京から行き来がしやすく、時間と資金のことを考えた場合、“非常に現実的”であると判断したからにほかなりません。

箱根が絶対安全だと判断しているわけではなく、現実的判断での選択です。

 

一回目は一泊、二回目は二泊、三回目の今回は三泊しました。

三泊すれば、体感的に“一週間の半分保養できた”と感じられます。

メンタルケアとしては悪くありません。

本来であれば月に二回程度は行きたいところですが、

準備の手間を考えると、自然と間隔はあいてしまいます。

予算のことも当然あります。

しかし、この箱根の保養に関してはいい宿が見つかり、資金負担が比較的軽く済んでいます。素泊まり三千円からの宿です。

では食事は?となるところですが

今や出していただかないほうが僕らには好都合。

自前のベクレルフリー食材が用意できます。

ホテルには、決して新しく掃除が行き届いていることに関心させられる、というようなことはありませんけれど、給湯室があり、そこには電子レンジがあります。

ガス台がないことくらいは諦められます。

素泊まりと書きましたが、朝は朝食として焼き立てパンがたくさん出されます。

朝食会場に行って、僕らは毎朝パンとコーヒーをいただきます。

食事は一日二回分を考えればいいことになります。

大変失礼ですが、こういう宿のパンです。

美味しいですが、“純国産原料を使った「高級な」パンなんかではないという妻の読み”が、そこにあります。ですので、むしろ喜んで、ほぼ安心して戴いています。

 

近頃の温泉地、観光地は企業の保養所が多く撤退し、代わっていろいろアイデア勝負でその施設が様変わりしているといった場所がいくつかあるようです。

まだ探せばいい宿あるかもしれません。

今の宿も、もともとキャンプをやる僕たちからすれば、“ちゃんとした部屋があって布団で寝られて、きめ細かいサービスはないけど、建物はなんか洒落てて、とっても贅沢なキャンプ”ってな感じです。十分です。

箱根ですから散歩には不自由しません。

子どもが遊べる施設も、屋外屋内問わずあります。

優待券が切れてしまったので、

次回の課題はそれをどうするかです。

 

月に一回ないし二回保養で、娘はもちろんですが妻と僕の精神的負担が和らぎます。

三泊すれば“行った感”が出ます。

八月は妻と娘は丸一か月一時疎開をしますが、そのあとも続けたいと思っています。

これで来年三月までの生活スタイルの目途はたったと、今僕は感じられるようになっています。

当然その間、娘の幼稚園が始まる四月からの生活の準備はしなくてはいけませんが。四月からの作戦を練らねば。

 

次回に続く。



kaigo_taxi at 11:45コメント(0)

2013年05月24日

2013年05月24日

おはようございます。
我が家は自営で預貯金もスズメの涙程度で、将来の保証も何にもなく、財産もなく、あるとすれば兄に比べて遥かにしっかりした僕の弟のスネくらいなものなのですが・・・汗。
タダほかのおうちとはっきり違うことは“まったく何の縛りもない、うちは全くの自由”という、あんまり根拠のない確信を夫婦ともども持てているということだと、僕ら勝手に思っております。
有給もありませんし、手当も昇給もありませんし、転勤願なんか出せるところがありませんし、退職金もありませんし、そして僕もあと3年で50ですし。

 

そう簡単には動けないです。

自殺行為。

 

しかしそれでも僕は逃げてやろうと思っています。

 

放射能からではありません。

放射能をまき散らしておきながら知らん顔をしているこの日本という国家に対して、お前らはノーだという意思を表すために逃げます。

背中に恐怖のある逃亡ではなく、眼前に意思がある前進です。

首都圏を離れるというのは国民である僕らの意思になると思います。

逃げるとはなにも物理的に逃げるだけが逃げるじゃない。

それは現実的ではない面もあります。

だから首都圏にいる以上はその代わりにやることがたくさんあるのかもしれない。

 

僕が去年の夏から米大使館の前に立ったのはたぶんそういう気持ちがあったからだと思います。

 

今僕は物理的に逃げることを多く考えています。

第一段階の今は逃げるではなく逃がすです。

 

去年の4月まで妻と娘は疎開を繰り返しました。

それ以降先月まで、妻は資金を集めるために夜間のパートに出て、僕は代わって娘の世話をやり、金曜日の夜は抗議に出ました。

もちろんその間、僕らは空気と食物から娘を守り続けた。

すべて完璧ではないが、出来ることはした、つもりです。

 

さて、これからどうするか。

妻は今月からパートをお休みしています。

月に数度行ければと、箱根での保養を始めました。

次の予定も決めています。

5月、6月。7月には移住相談会に行くつもりです。

そして8月はまた長崎に行ってもらおうと考えています。

以前の疎開先が支援を再開しました。

出来れば一か月くらい。

 

そうです、8月の疎開前、7月には保養キャンプ行きたいねと話をしました。

行先はほぼ決定、2年前に行った、こだまの森です。

まだ八王子をぶち抜く圏央道は出来ていませんがそれでも3~4時間で行けます。

一週間くらいいけないかなと思っておりますが。

 

秋以降、妻がパートを再開するのか、一気に移住に話が進むのか、そこはまだ未定です。

この動きは、僕は来年4月までだと考えています。

4月からは娘は幼稚園です。どこの幼稚園に行くか、今はまったくわからず、候補は東日本を除く、全世界に広がっています。

4月までに形を決めなければならない。

今の僕の一番の仕事はそれです。

 

幼稚園問題は早く解決しないとと思っています。

娘に迷惑がかかります。

また娘に怒られますので。

 

次回に続く。



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2013年05月08日

2013 05 08

 

おはようございます。

連休終わりましたね。

この連休に我が家は箱根に行ってきました。

いろいろな情報で、箱根は線量が低いと言うことを改めて確認したので、行ってみることにしました。

 

本来であれば、僕のイメージでは、少なくとも、南アルプスは越えたいなと思っているのですが、短期の息抜きにはなるかなと、若干の妥協も含め、地震のリスクもあえて受け入れ行ってきました。

 

とりあえず富士山噴火しなくてよかったんですけど、(笑

 

この旅には収穫がありました。

まず、①線量が低いと言うことで僕と妻の気持ちが楽になったこと。

そして、②安い宿泊費で泊まれたこと。

③その宿が自炊したいお母さんには好都合な面があったこと。

そして最後に④そこが通える距離だ。

ということでした。

 

我が家の移住・疎開に対しての考えは、

①移住者や疎開者含めた理解者が近くにいること。

②放射能対策をしているスーパーなどがあること。

であることです。

 

妻はまさにそこに苦慮しています。

移住・疎開については高いハードルが残念ながら存在します。

そしてポンポン住まいを替え仕事を替える、その日暮らしの独り身の若い小僧ではなくなり、40代も後半の、たいして手に職もない、小さい子どもを持つ自営業者となった僕にとっても正直、知らない土地への移住は簡単ではないです。

 

言い訳と、されるならそれで結構。しかし諦めたわけではないし。

昔持っていた夢を掘り返してもいるから。

 

今回の旅行で得た収穫をもとに、来年4月、娘が幼稚園に通うことになるであろうまでの間、僕は妻と娘を箱根に週末疎開させてみようと考えることにしました。

 

~2か月疎開のつもりでいた妻はパートを辞め、娘のリトミックをお休みするつもりでしたが、リトミックについては再検討することになりそうです。

 

毎週末3日ないし4日行ければ約半分、4月まで都合約5か月疎開することになります。

 

あくまでこれはとりあえずの“作戦”です。

僕は来年4月からの娘の現住所をどこに置くかという大問題を考え決めなくてはいけません。

また毎日、前方不注意にならぬよう、

気をつけながらも考えあぐねることになります。

しかし、わずかな光明は見えてきました。

そんな気がしてます。

 

遠い将来の“野望”にむけて、やっと細い紐を撚ることができるかもしれないと密かに期待をしています。

 

確かに歯がゆいかもしれないが、一番歯がゆいのは僕らなんです。

 

次回に続く。



kaigo_taxi at 11:41コメント(0)

2013年03月12日

2013 03 12

 

我が家はまた、疎開モードになりました。

東京での生活も模索しつつ、葛藤した日々を前回疎開後10か月してきましたが、また、疎開を念頭に動き出します。

 

今回は前回疎開した支援先が休止中のため、新たな場所になるはずですが、まだ決まっておりません。

決めたのは、4月中旬以降、連休をはさみ前にするか後にするかという頃から6月くらいまでを目途とした時期だけ。前回同様、移住を視野に入れていますのでその先は未定です。

 

妻はパート先に長期休暇願を出しました。

おそらく進級したばかりの娘のリトミックをどうするかも考えているのだと思います。

水泳教室の事も、しばらくお休みのはず。

 

なにせ行先が決まっていないのでどうなるかわかりませんが、いずれにしても今度は前回と違い行けば同じ仲間がいて、食材なども揃っているというわけにはいかない可能性が多分にあるので、違う覚悟が必要になってきます。

 

僕はもともと移住視野なんですが、そして、娘を逃がしたい気持ちでいっぱいなのですが、それでもどうしてもこのモードになると胸が痛くなる。

僕はバカじゃないのかと、心の底から思います。

希望がかなうのに辛くなる。アホですアホ。

 

きのうの夜、“きっと娘も言えばわかる年になったはずだから”と、お風呂で今後の予定を説明しました。

君はまたお母さんとまた行くよと。

お父さんはとりあえず、バイバイだからねと。

分かった人?と聞くとハーイと返事をする娘はゆっくり小さく返事をしました。

一年前の疎開先での別れで娘は号泣したので、言っといたほうがいいなと、彼女にも言うのが当然だと思って、言いました。

 

僕は前向きのはずです。

 

仕事の作戦も練らねばならない。

疎開先の場所選びも含めて、今度はより以上に現実路線で行かないといけない。

もっと近いほうがいいかなとか。

現地に仲間がいない分、僕も心配ですので。やることがあります。

今日はとりあえずご報告まで。

 

次回に続く。



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2012年07月22日

2012年 07月 22日

日曜日の夜はいつものように妻は夜間の巡回ヘルパーのバイトに出ています。
というわけで今は娘と二人です。
食事を終え、風呂に入れ、デザートのリンゴをむいてやりDVDに子守りを手伝ってもらいながらパソコンに向かいました。

やっぱり、僕とパソコンの間に、娘はむりくりねじ込んで入ってきた。

僕らは移住はもちろん、諦めていません。
移住というとかえって難しくなるような気がして僕は自分では昔の癖が出た、単なる引っ越しという風に考えるようにしています。

いつでもそうだったんだけど、
新しい生活を始めると、この次はどうしようと考える。
それは結婚して娘が生まれて一端終わりにしたんだけど、またその考え、“生かす”ことにした。

そう考えると、昔の続きやればいいんだと気が楽になる。
けれど一度下ろすと、腰は重くなるもんだ。
少しずつ、軽くしている作業を、今はしている感じ。

どこに行くか、何をするか、
考えても考えても堂々巡りで元にまた帰ってくる。
その繰り返し。候補はあるんだけど、決め手に欠けるのです。

昔の続きを早く始めないと。

具体的な報告ができないのが残念ですが、いずれはきっとと、思っています。

娘は後は歯を磨くだけ。
最近素直に口を広げてくれるようになりました。

次回に続く。



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2014 東京→岡山→ 原発事故という我々の無責任について。 我が家のギリギリ疎開計画 https://t.co/h63Rn0E2fX
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