2013年08月

2013年08月24日

2013年 08月 24日

 

おはようございます。

今日は八月の二十四日の土曜日です。

今月は予想はしていましたが予想以上に過ぎるのが早かった。

妻と娘が長崎へ出発したのが先月28日。そろそろ一か月。

去年の保養の時には一か月経った頃には、僕はほとんどアルコール依存体質だった。

今回は、ほとんどいつものペースが乱れない。

飲まない日はないけどね。

前回は、何をどうしていいかがほとんどわからなかったから今回は、何をどうすればいいか、結論は出ないがこうしてみようという具体的な案が出せるから今回は多少は楽なのかもしれないけれど。

でも問題は山積している。

娘をどこの幼稚園に入れるかが決まっていない。

そんなのありかよって、ふと冷静になるとゾッとする。

それでも楽なんて言う言葉が使えるなんて、僕も戦争中の庶民が板についた。

 

戦争をする奴は市民が戦争を現実として受け入れることを望むんだな。

 

そうはいくかと言いたいが、僕には娘と言う現実が存在する。

僕は別にマゾヒストなんかではないけれど子どもを抱えた親である以上、現実は受け入れなければ守れない。

今でいうなら、“多少の被曝は受け入れなければ子どもを守れない”

と言うことになる。

たぶん子どもを持たない人には理解されないだろう。

しかしこれが今のお父さんお母さんの現実だ。

 

お金が続かなくて空間線量0.3とか0.4とかある地元に子どもを連れて帰る人がいる。

 

子どもを殺す気かと鬼のように怒る人がいる。

怒るくらいなら家か仕事かお金かその人にあげればいい。

 

怒る人を間違えている。

 

正義は時に暴力にもなるよ。

 

たぶんこの僕の言葉も暴力なんだろう。

 

書き手優先の作文には限界がある。

今、一番大事なのは対話して相手を理解すること。

相互理解が一番大事。

会話が大事。街に出て井戸端会議しよう。

アメリカ大使館前が井戸端会議の場所でもいい。

官邸前が、経済産業省の前が、文部科学省の前が井戸端会議の場所でいいし、自分ちの玄関出たところでやる井戸端会議だっておおありだ。

どこでもいい。キャンプの夜のミーティングでもいい。

何でもいい。会議大事。

高円寺や渋谷では、もう会議は始まっているしね。

 

その現実を変えたいと必死で頑張っている人がいる。

そういう方々に失礼なことを書いたかもしれない。

そして僕もそのうちの一人でもあるんだ。

そして、懺悔もしないといけない。

もし今僕に守りたいと死ぬほど思う子どもがいなかったらそら見たことかと、高みの見物してるかもしれないってことを。

もうどうなってもいいよとほとんど諦めてしまっているような気がしていることを。

 

自民党はてめぇらの策略のためのねじれを解消する前に僕らの心のねじれを解消すると、約束するのが筋なんじゃないのか。

市民がその生き死にを意識せざるを得ない葛藤をしているのにそれをないがしろにする国家に、僕らに用事はない。僕らは必ずこの政治を終わりにします。

いい国つくりましょう。僕らが自分で。

 

ところがだ。

ところがここで僕らは親の子を思う気持ちとこの国が延々と持つ自己抑制の二つをきっちり分けなきゃなんない。

面倒くせぇなぁ。

 

また一つこんがらがった紐をほどかくちゃいけない。

現実を受け入れるという表面的な態度は似ていても

一方は現実を見ることで初めて戦える体勢ができると思う者で一方は戦わずに済むような現実の見方を会得している者だということです。

 

紐はわりとあっさりほどけたかな。

僕にはこの辺で限界。

あとは皆さんにお任せします。

 

話逸れてました。

 

妻と娘は来週末に一時保養を終えて帰ってきます。

僕らは東京以外のところで合流することにしています。

その段取りは一応終えました。

来月からの東京での生活は以前と同様、たまに箱根の週末保養しながら春まで行くつもりです。

春以降の段取りをつけるのも来月以降の仕事です。

妻にはまた頑張ってもらいます。

僕には一つのスタイルが浮かんでいます。

現実的な生活スタイルです。

それをこれから吟味します。

まだはっきり言えません、スイマセン。

ただひとつ、言いたいのは、

僕らには覚悟が要ります。

言葉を発するための覚悟。生きるための覚悟がです。

はやく銀行行って皆さんご自分の覚悟を持ってきてください。

早くしないと銀行は皆さんの覚悟を担保にどこかに行っちゃいますよ。

 

次回に続く。



2013年08月12日

2013年8月12日

 

 

今週はお盆休みモードで、時間もあるものですから、

またいつものように自分勝手で、独りよがりなことをまた書いてしまうことを

許してください。

またなぜかブログに書かずこちらに書くことを僕は選んでおります。

それもなぜだかわからず、しかしこのまま書いてしまいます。スイマセン。

 

4年前のある日です。

妻が“最近どうも様子が変なんだけど”と切り出してきました。

どうしたぁと軽く耳を傾けている僕に妻は続けました。

“どうも調子がよくない感じでついに更年期が始まったのかなと

ずっと思ってて、でもなんか様子がおかしくて、

どうしたんだろうって思ってて、生理も止まっちゃってるの。

なんか変なんだけど、ひとつ考えられることはね・・。”

 

ううん、なんだろうと、僕は知ってる病気の名前を必死で想像しながら

妻の答えを待ちました。

 

“後考えられるのは.・・、出来たってことなの。”

 

僕はきょとんとしてしまった。

 

出来た?何が?・・え、そういうこと?

 

僕はその時42。

その数年前30代も終わりに近いころに妻は新しい命を一旦は授かったんだけど、

とても悲しく残念なことになって、

僕は結果を聞きに行った病院の帰り道で泣きはらし

お袋へのダメになっちゃったよという電話で泣きべそをかき、

しかし気づけば僕ら夫婦には宝物ができていて

その宝物を海の見える鎌倉のお寺で守っていただくことにして、

それを頼りにまた夫婦二人の生活を始めようと

お寺にお預けした帰りに寄ったお蕎麦屋さんで

二人で誓ったりしたんですけど。

 

やがて40代を迎え僕らは落ち着き方を模索するようになって

二人でのんびり気楽に行きましょうかと、

僕もついに、自分は子どもを持たない人生を選べばいいんだなと

少し吹っ切れた。

 

その矢先に、その日は来たわけです。

 

僕のその時の答えは声にならない“えっ!”、だった。

 

正直に言うと、なんで今更。それが僕の気持ちでした。

 

もともと子どもを持つことにはおっかなびっくりで、

それはそうでしょ、これから先どんなにひいき目に見ても

今よりよくなるとは思えないのに、

そこにわざわざ子どもを送り出すほど

僕は残酷じゃないよと

 

自分で自分のことを決めつけていたので

 

だからこそ40を過ぎ、一度悲しい事があったから

これで迷うことなく子は諦められる、というか

僕の両親に諦めてもらことができる、

そう僕は踏んだ。

弟は独身。ゴメン、孫は諦めてくれと。

 

ところがそれがひっくり返りそうなことになったわけです。

 

僕は考えました。

 

何が一番幸せなのかと。

 

孫を楽しみにしている罪のない独りよがりを続ける親父の幸せじゃない。

自分の子どもに会ってみたいという捨てきれなかった僕の幸せでもない。

新しい命を授かった妻の幸せかもしれない。

でも一番は、

 

その子がこの世の中に生れ出てくることの幸せじゃないかと。

 

僕は慎重だから、先の世界を憂いていた。

ひょっとしたらその子は大きな地震に会うかもしれない。

戦争を経験することになるかもしれない。

 

けれどそれより不幸は

この世に生れ出ないことを僕らが決めてしまうことじゃないのか。

 

どんなことになるかわからないと

たとえ僕らが悲観している世界でも

生れ出てくることがこの子にとって一番幸せなんじゃないのかと、

 

僕は妻の言葉の後の数分で結論を出した。

“それなら病院いかないといけないよね。大事をとらないと”

 

妻はありがとうと言って答えた。

 

こんな常識無視の、世間を斜めに見るような

損ばっかりしている夫婦の元に、

そしてなんでこんな世の中に

残念ながら予想が当たってしまったこんな世の中に

娘は生れてきたのだろうと考える時

きっと何かやることがあって生まれてきたんだろうとしか思えず

そうでなきゃ、わざわざ苦労しになんか来ないよなと

僕は絶対に間違っていない答えをその度に出し続けます。

 

だからこそ

 

僕は娘を守るわけで、

守れるわけで

守れないわけがないのであります。

 

守れることはもうとっくに決まってる。

だから明るくなれる。

 

当たり前のことを当たり前じゃないように言われるのは

邪魔くさいし、時間の無駄。

 

僕らははっきり見えている目的地目指しているんだ。

横槍はいらないよ。

 

僕らは強いんだ。

娘を思う僕らと、

我が子を想うお父さん、お母さんほど

強いものはいないんだよ。

 

強きは優しさ。

いつでも優しさは勝つんだ。

 

問題なんて、なにもないよ。

 

長崎に保養に行っている娘と

facebookが好きになれず、

この文章を読むことのきっとない妻へ。

 

ありがとう。

 

スイマセン、長過ぎた。



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