2012年07月

2012年07月22日

2012年 07月 22日

日曜日の夜はいつものように妻は夜間の巡回ヘルパーのバイトに出ています。
というわけで今は娘と二人です。
食事を終え、風呂に入れ、デザートのリンゴをむいてやりDVDに子守りを手伝ってもらいながらパソコンに向かいました。

やっぱり、僕とパソコンの間に、娘はむりくりねじ込んで入ってきた。

僕らは移住はもちろん、諦めていません。
移住というとかえって難しくなるような気がして僕は自分では昔の癖が出た、単なる引っ越しという風に考えるようにしています。

いつでもそうだったんだけど、
新しい生活を始めると、この次はどうしようと考える。
それは結婚して娘が生まれて一端終わりにしたんだけど、またその考え、“生かす”ことにした。

そう考えると、昔の続きやればいいんだと気が楽になる。
けれど一度下ろすと、腰は重くなるもんだ。
少しずつ、軽くしている作業を、今はしている感じ。

どこに行くか、何をするか、
考えても考えても堂々巡りで元にまた帰ってくる。
その繰り返し。候補はあるんだけど、決め手に欠けるのです。

昔の続きを早く始めないと。

具体的な報告ができないのが残念ですが、いずれはきっとと、思っています。

娘は後は歯を磨くだけ。
最近素直に口を広げてくれるようになりました。

次回に続く。



2012年07月19日

2012年 07月 19日

どっちらけ覚悟で書きます。

毎週金曜日の首相官邸デモは交通規制が強められ、参加者は歩道に誘導されるようになりました。
したがって車道は通常通り通行が可能です。

そこで。

“WAGEN CRUISE KANTEI NO NUKES.”
みたいなこと出来ないかなと。
あっ、僕は無理なんだ。ぼくのVWにはナンバーついてないんだった。

そうか。
でも。

正々堂々と、やっぱりまずいんじゃないのと言える状況になってきました。
子どもの明るい未来を望むのは遊びに行くのもデモに行くのももはや同じ意味になったと思うんです。

ダメかな。

あっ、お断りですが、僕はお子さんの参加は強く勧めてはいません。
デモに参加される方に子どもは多く、僕も一度娘を連れて行きましたが。各々のご判断をお願できればと思っています。
僕ならマスクをさせ、強風の時は行かせません。

どうぞ皆さんスルーで構いませんが、気に停めてもらえたら嬉しいです。

次回に続く。



2012年07月14日

2012年 07月 14日

きのうは作戦失敗だった。
先週大使館前に行った時に警察にずるずると遠ざけられ結局5、600メートル離れた外堀通りの信号角まで行かされて、“もしまたくるようなことがあったらいきなりこっち来た方がいいですよ”と言われた言葉をうのみにした。
これが失敗だった。
だけど、また眼の前行って囲まれ、ずるずる押し戻されてなんていうのをやる元気が僕にはなかった。
お恥ずかしい。

しばらくはいたんだけど、これじゃあ抗議にもならない、そう判断してきのうは官邸前に移動した。

来週どうするか。

策は考えた。
人を誘ってみます。一人がさびしい意味がわかりました。
警察さえいないのです。それじゃぁただの変わりもの。燃えない。
来週からは省庁と掛け持ちしようと思います。
ルートも頭に浮かびました。

戦意喪失しそうになったけど。

僕はもっともっと醜態さらそうと思う。それが僕の仕事かなと。
やれもしないことをやると言って失敗したり無様な醜態をさらそうと思います。
思ったことはやることにします。

それは子どもたちの為です。
僕の娘のため、皆さんの子どもたちのためです。
厚かましいかもしれませんが、
そうします。

さっき“デモは恋愛に似ている”とツイートした。
遠い目標に向かって醜態をさらす。
これ恋愛だなと思った。
僕は若返ったかもしれない。
違うな、それは成長した人の言うことだな。
僕はお子ちゃまかもしれない。
けれど自分が大人だと思っている人が世の中をこんなにした。
おこちゃまの目は節穴じゃない。

人間をつくった神様がいたとしたら聞いてみたい。
なぜあなたは人間に当事者意識をもっとあげなかったのかと。
世の中は当事者意識のなさが蔓延しています。

逃げるなと言いたい。

きのう経済産業省の前で見た役人のすました顔は
昔僕が学級委員長の時に見たクラスの大半の“それでいいで~す”としか言わない
表情と同じだった。

こういうことを言うと偉いねと言う人がいる。
財布から金を抜かれて抜いたそいつを問い詰める。
これのどこがえらいのか。
偉くないよ。自分がかわいいだけですよ。
自分を可愛がってからでないと隣人は可愛がれない。
エゴの先にこそ博愛がある。先に行かないから問題なんだ。

僕は河原で遊ぶことをお勧めしません。
放射線物質は今低いところ、狭い所に集まっています。
だから下水処理場は高い数値が出ます。
川は地形的に見ればわかるように、山の排水です。
集まってます。
流れているから大丈夫な様な気がしますがそこはよくわかりません。
ただ、海の魚と川魚、どっちかをどうしても食べなくてはいけないとしたら僕は海の魚を食べます。それも回遊魚ならもっと悩みません。
科学的に自分自身に根拠がある話ではありませんが、今の科学者よりは僕の方がましです。
子どもを遊ばせないなんてできないとお考えなら東京電力に文句を言ってください。
彼らは飛んでったものは自分たちのものでないと言ってちゃっかり子供を海外で遊ばせています。

僕は子どもたちの為なら何でもしようと思います。
どこまでできるかわかりませんが。
知識もなく無条件で僕らを信頼している彼らを裏切れません。そんなこと出来ない。

次回に続く。



2012年07月06日

2012年 07月 06日

僕の唯一の海外旅行はニューヨーク。
一人で行ってきた。もう20年近く前。
何だかわかんないけど、世界のてっぺんがニューヨークかなと思っててっぺんは一応見ときたいなと思って行ってきた。

もうアメリカ渡航は無理かな(笑)

車をパーキングに入れて小雨の中てくてく六本木通りを渡りアメリカ大使館前へ。
警察車両が陣取り、その脇でいざ持っていったプラカードを掲げる。
“Japan is not an American dependency. We have intention.”
と思ったらとたんに10人くらいの警察官に取り囲まれた。
そこ車道だからとりあえず歩道の方にと促された。
なんだかんだと無線でいろいろやってる。
それじゃぁいつもデモの時やってもらってる場所ありますんで、そっちの方でと、案内された。
いつもの場所の割にはああでもないこうでもないやった感じ。
10人近い警察官引き連れ、僕はずりずり下げられ結局外堀通りまで行った。
7,800メートルくらいかな。
虎の門病院から出てきたところまで。
信号角地をあてがわれ、周囲を警官に取り囲まれいざ抗議開始。

東電前の時と同じ、ねほりはほり聞かれた。
きっちり答えて差し上げた。
権利を行使しているだけだからね。逃げも隠れもしないよ。

雨は結構降ったね。
プラカードはボロボロ。
数人の人に写真撮ってもらった。
外国の人が僕にカメラを向けた時、“プライバシーの問題があるから”と警察は僕の写真を撮ることを遮っていたんだけどそれじゃぁさっきねほりはほり僕に質問したのはあれは何なんだと思ったが、面倒くさいので言わないでいた。
若い人がずっと近くにいた。
気にしてくれてんだなと思った。
これで今日はオッケーだ。
十分立った価値があった。

19時まで立った。40分くらいかな。
そのあと官邸行くつもりだったんだけど送りますと言って警察官がご丁寧に駐車場までついてきた。
車出すまでお送りしますだって。
そんなに行かせたくないのかよ。
警察も大変だ。
お手数掛けましたと言っておいた。

そこまで見送られたのでしかたない、今日は官邸前は諦めた。

来週も行くか。
継続は力。
力あるかな。

娘を風呂に入れないと。

次回に続く。



2012年07月01日

2012年 07月 01日

金曜日、仙台まで行ってきました。
怖がりの僕は、車のいつものマットをはずし代わりにビニールシートを張り必要なさそうなものは下ろし最低限の荷物で行ってきました。
車の“汚れ”を気にして。
その準備、大変だった。仕方ない、この車に乗る娘の為です。
帰ってきてからはコイン洗車で底洗いとワックス洗車のオプション付きでジャブジャブやってきた。
中は掃除機かけ、使ったマットも機械で洗ってきた。
今日は拭き掃除と、出来ればフィルターも変えちゃおうと思う。

やりすぎかな。

自己判断の世界になったからね。仕方ない。
娘の為です。

線量計ツタヤで借りて持って行きました。
行った仙台は意外と低かったです。
そうらしいことは聞いたことはありましたが測るとなるほどと思います。

帰りの車中ではいろいろ測ってきた。
パーキングに停めて測ると意外に低い。
車内のせいはあったと思う。あとは測り方。
個々の数値より、全体的な数値の違いが出たら参考になるかなと。

走っている時は状況が違いました。
動いている車での計測はどの程度信頼していいのかわからないので、あまりちゃんとしたことは言えませんが、ただ数値の流れはあった。
場所によって大きく変わった。
仙台から出発した帰路、村田ジャンクションを過ぎ、蔵王、白石を過ぎ国見辺りから測ってみたらいきなり0.2越え。
0.2は等々力不動の信号近くのセブンイレブン前の植え込みを測った時に見た以来。
国見から福島を抜け二本松までの間は0.2から0.3が連発した。
0.48まで見た。
郡山辺りも0.2~0.3の数値が出た。

※あくまで出た数値です。計測方法にはかなり問題あったと思います。
数値の変化に注目していただければ。

僕の印象では、那須を過ぎたあたりから下がって行くようでした。
あとで「早川マップ」で見比べてみようと思います。

東北道は山間部の風景が続きます。
点在する家々。
僕は感じました。変わったということを。
去年の3月以前と、東北は明らかに変わった。
気候が変わったくらい変わった。
たぶん人々は放射線量を気温くらいに考えているんだろうと思う。
それはそう思うより仕方ないのではないか。
危険だ逃げてくださいと言われたところで目の前の雄大な山々の風景と、広大に広がる田園を前にして人々は“はぁ?”と声を出すしかないのだと思う。
「途方に暮れている」のだと思う。
乱暴に言えばそれを現実を見ることで逃げている。
かられの現実は目の前に見える現実、
昔から当たり前に続いている現実。
気温が変わりました、みんなで何とかしましょう。
お前アホか、そう思うのもわからないではない。
東北の風景を見て僕はそう想像した。やっと。

そしてだからこそ、周りの空気に押されたお母さんたちは辛い思いをしていると思う。
子どもたちのことを考えるとたまらなくなる。

だからこそ東北人は、二度と原発を動かす気にはならないと思う。
東北の人々は原発はこりごりというか、途方に暮れるような、自分のすべての感覚をおかしくするようなものはきっともうたくさんだと思っているに違いないし、多分門前払い、議論の余地なし、完全拒否なんじゃないかなと思うのです。
もうたくさんだと思う。
そして途方に暮れているさなか、また原発をやりますと言われたら彼らはきっと正気ではいられないと思う。
東北の人は、再稼働なんてなにを呑気なこと言ってると、思ってんじゃないのかな。

家の庭でバーベキューをしていたら家が火事になった。
じゃぁ近くの河原でやり直そうと、誰が言うか。

国は自分の家が火事になったと思っていないからバーベキューをやれるのか、大した火事じゃないと思っているのか、それとも自分には逃げる家があるからどうでもいいと思っているのか、そこは全然わからない。

そんなに肉を食いたいか。

戦争は卑猥なものだと誰かがいいました。
その通りだと思い、僕もその言葉を時々借ります。

自分の欲望をさらけ出す、戦争や亡国の政府は野蛮で卑猥です。
僕らはそういう国に今生きている。

途方に暮れた東北を、誰が何と言って救うのか、残念ながら僕には全くわかりません。

とにかく、子どもがかわいそうだ。
大人はそうでもいい。

これが東北を走った僕の感想です。

次回に続く。




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