2012年03月

2012年03月31日

2012年 03月 31日
 
妻からの報告。
今日は向こうで都合4件の物件を見せてもらったそうだ。
一件気にいったものがあって、話を進めることにした。
条件などまだ確定していないのですべてはこれからの話。

今日は昼から飲んでいた。
風が強かったせいもあったけど、
開けるのが面倒臭くなってきた雨戸を閉め、そしてつまみを買い込み、初シチューにも挑戦した。

なるべく娘のことが頭をよぎる瞬間がないように、僕は一生懸命僕をごまかした。
酒は僕の味方になってくれている。
黙ってひたすら付き合ってくれる。
ありがたい。

明日は仕事だ。
僕の仕事は動いてなんぼ。
娘に会いに行きたいけどもうそう簡単には休めない。
僕にも有給をください。
それでなければお金をください。
僕が辛かろうが死にそうだろうが誰もそんなこと知ったこっちゃない。
そう、その通り。
僕は勝手におかしくなってればいい。
僕だって、人の苦しみなんてわかりゃしないんだ。

人間はそういうことに耐えなきゃなんない。
人間はそういう生きもんだから。
耐えられないというのは間でいていられないということだもの。

酒は僕が人間であることを助けてくれている。

がっかりさせたかもしれない。
一番がっかりしているのはこの僕だ。

 次回に続く。



2012年 03月 31日
 
情報収集に励んでいます。
5月以降、短期間ではありますがどうぞ来てくださいとおっしゃってくださるご家族に出会うことができました。
大阪です。

ありがたいです。

何も決められなかった時、少しでも娘を東京に近づけないための見通しが少しつきました。

あくまで僕らの希望は九州です。
国内であれば。
僕も妻も頑張っています。
僕はパソコンに向かい情報収集、妻は今日は疎開先地元役場の方に空き家を案内してもらうようです。

あっちにポツッと、こっちにポツッと、少しずつですが、気になる情報が出てきます。
一個一個摘んでって、きれいな花束になればなと、思います。
それを娘にプレゼント、
なんて臭っさいことできませんが、出来たらいいなとも思います。

ちっさい種がどこに飛ばされるかわからないほどの、今日は強い風です。
マスクしましょう。
毒が舞っています。

次回に続く。



2012年03月29日

2012年03月27日

2012年 03月 27日
 
買い出しに行ってきた。用賀OKストア。
一人になって2回目のOK。
さみしいもんです。おっさん一人のスーパーは。
でもここにはたくさんの“OKフード”があるのです。
OKストアは、いわゆる“頑張っているお店”で、お客さんの要望に答えてというかたちで西の食材を多く取り寄せています。

さて。
今日の戦利品です。
まずは水。
ボルヴィっク、6本入り箱でお買い上げ。
卵は三重県“伊賀の卵”。219円。タッケーけど、仕方ない。
関東のは、申し訳ないけど、手が出ない。ごめんなさい。

お弁当用には妥協して、いつものように冷凍食品。
冷凍は、AJINOMOTO、頑張ってるのかな。
袋の脇に産地表示がしてあります。
他社は、ホームページでご確認ください系の但し書き。
まぁ、なんともいやらしいやり方。
気にしない奴にはどんどん食わせて気になる奴はどうぞ買わなくて結構ですみたいな、客商売にはあるまじき態度。

AJINOMOTOの餃子とかハンバーグとか、シュウマイとか買いました。

牛乳は大阿蘇牛乳。
うちにお母ちゃんが買っておいてくれたビーフシチューの素があるので、作ってみようと思って材料買ってみた。
牛肉なんですけど、オーケーは独自に検査していて牛の餌である稲わらも検査していたりしていて放射能っていう言葉をちゃんと使って説明表示をしてあったりすんだけど、残念かな、その基準値が国の定める基準値なんだよね。
キログラム当たり100ベクレルはちょっと怖い。
オーケーに要望出して独自基準作ってもらいたい。
聞いてくれそうなのがオーケーはいい。
結局牛肉はオーストラリア産の冷凍のサイコロステーキにした。

納豆に目が行った。
納豆は諦めモードだったんだけど、あるんですね、いろんなやつが。
これ、アメリカまたはカナダの丸大豆。
遺伝子組み換えなし。

ただどこで作ってるか、わかんないなぁ。
それに昆布だしは、いらないかも。
でも一応買いました。納豆最近食ってないので。

鹿児島の納豆もありました。これ。↓

あっ、下の国産は論外です、論外。
間違わないでください。

徳島のニンジンに、鹿児島のジャガイモ。
ブロッコリーは、どこだったかな。
西は西。
玉ねぎは買おうと思ったけど、北海道ばかり。
我が家は北海道ずっとNGなので。

よしこれで明日の夜はビーフシチューに挑戦かと思ったが、たったいま、明日の夜仕事が入った。
そのうち、やってみよう。
その他もうちょっと買って帰ってきた。
カップめん、さんざん悩んだ挙句、今日は買わなかった。
吟味すると、なかなかカップラーメン買えません。
便利なんだけどなぁ。

買い物も、こうやって買うとそれなりの情報になるかなと思い書きました。
お母ちゃんに代わって食材の話もしようかしら。
たまにしか、買い物しないけどね。

でもまぁつまんない。一人の買い物は。

次回に続く。




2012年 03月 27日

あとで勝手にリンクしようと思いますが、取り急ぎ。↓

“東京で被曝対策をして生きるということ”
http://hibakutokyo.com/

読みやすいかもしれません。
判断はどうぞ各自お願いします。
僕もじっくり読みこみ判断します。

次回に続く。



2012年03月26日

2012年 03月 26日

今日、がれきの問題について環境省との交渉が、衆議院第一議員会館でありました。

以下にその模様が見られるUSTアドレスお示しします。↓

がれき問題-環境省他院内交渉 http://www.ustream.tv/recorded/21375833

僕は、賛同人として参加しました。

会場には行くことはできませんでしたが

USTでの中継を見ていました。

少し長いですが見て頂くとわかると思いますが、

結論としては

“環境省は何も仕事をしていない”

ということになってしまいました。


環境省が示している数値は

結局机上でのつじつま合わせに過ぎなく、

現場で起こっている現実を

把握していないという

絶望的なものでした。

環境省は現在、

瓦礫受け入れを道府県自治体に要請していますが、

その放射背物質の基準値は高く、

測定方法もずさんであり、

また、現在受け入れの対象としている

岩手及び宮城県の“汚染されていない瓦礫”を

実は汚染状況の測定をきちんとしていないということも

明らかになりました。

環境省は、基準値を机上で決めただけで、

その検証も測定もおろそかにしたまま

瓦礫の受け入れを強行しようとしています。


環境省は机上で数値を決めただけで

その影響評価をほとんどしていないということが分かりました。

簡単に言えば、

瓦礫汚染もダダ漏れ状態というわけです。

これは事実ですので

恐怖をあおるとしたとしても言わざるを得ない。

なぜならそれは事実だからです。


お時間あれば見てください。


ご判断は自らの判断でお願いします。


さて、です。

僕は頭を整理しないといけない。

そのためにここでこうやって書くことを許していただきたい。

なにかのお役に今後立てばうれしいですが、

そうならない方がいいとも思います。


今僕はいろいろ調べています。

仕事のこと、住まいのこと。

様々な支援サイトが立ち上がっており

情報を得ることは必ずしも大変ということはありませんが、

まずこちらの意向をきちんと整理しておかなくては

何をどう考えれば、

何を優先すればということに

葛藤し混乱してしまいます。

頭の整理は大事です。


一端怖いと思ったら、

なかなかそれを訂正するの難しい。

それはとらえ方の問題で、

例えば、今福島の子供たちが

僕の住む世田谷に一時避難をしています。

一方で僕の娘は世田谷から疎開をしている。

これはとらえ方の問題で

どちらが正しくてどちらが間違っているということではないと、

僕はそう今は判断しています。

さて、

今学者、専門家の間でも

言ってることは様々です。

同じ危険サイドの人でも

比較的楽観的な人は頑張れば関東は一部を除いて大丈夫

そういう人もいますが

一方で極端な人は

3月に東京にいた人は

あと20年は生きられない

そういう人もいます。

結局自己判断になるわけです。

しかし、何らかのリスクを負ったのは

どうも間違いないらしい。


どうも酔っ払って何書いてんのかわかんなくなってきました。

言いたいのは

なにを優先させるのか、です。

我が家が今一番優先させているのは

娘の暮らす場所です。

東京はなしです。

あってもかつてのように外出は極力控える。

歩かせることはせず、おんぶか抱っこ。

食事も要注意。着替えは玄関で。

娘は一カ月の九州滞在で

すっかり外遊びを覚えました。

今更外出禁止は忍びない。

そんな窮屈な生活は

もうできないです。

そうなると、住まいと仕事の問題になる。

仕事とは誰の仕事か。

妻なのか、僕なのか。

妻だとして、どこで探すのか。

今いるところは4月いっぱい。

住まいと仕事を同時に決められるのか。

妻が先に決めたとして

そこに僕の仕事はあるのか。

順番が決まっていればまだ

いいのだけれど、

その順番から決めなくてはならない。


話、伝わっていますかねぇ。


書いてる僕はよくわかっていない。


こうなると、順番は、

決めるんじゃなくて

決まってい行くのかなと。

つまり

いい仕事が先に見つかるのか、

いい住まいが先に見つかるのか、

なにが先に見つかるのか、

それによって方向が決まっていく。

そういうことかなと。


まだいろいろ上げなきゃいけない点があるはずなんだけれど、

アルコール消毒で

消えてしまった。


情報は決して不足はしていない。

いまひとつひとつあたっている。


とっかかりとしてどういう心持でいけばいいか、

書こうと思っていたんだけど

支離滅裂になった。

ただ長いだけで。

失礼な話だ。

スイマセン。


いずれ書きなおします。


次回に続く。



2012 03 26

 

きょう未明に東京電力柏崎刈羽原子力発電所の6号機が定期点検のため止まりました。

これで東京電力管内の原発はすべて止まり、54基のこの国の原発で動いているのは北海道の泊原発3号基のみ。

今原発は1基しか動いていません。

これも近日中に止まります。

北海道電力は、4月に予定されている“定期点検”を5月にのばそうと、申請を出そうとしています。

とにかく最後の一基は止めたくないという悪あがきにしか見えません。

 

定期点検をのばすんです。

何で?となるでしょ、普通。

車検だってそうはいかないんだ。

 

国がやってる施設のなんか無駄な感じ、役所行った時のもう何とも言えないまどろっこしい感じ。

形さえあればいい。行政のやることはいつもそうです。

僕は原発もそうだと思っている。

つまり、原発の発電は、電力供給の要にはなっておらず実はその他の発電システムによってバックアップ体制が整っており、仮に原発がなくても、“なんとかなる”状態で以前からずっとあったんだと僕は思っている。

 

ツイッターに書いても反応薄いんで自分で言うけど、これ、どんどん信憑性出てきてないかな。

 

大体、定期点検でそもそも止めなきゃならない発電所に頼るっていうのが解せない。

怪我ばっかりしていた広島の前田より、やっぱり鉄人衣笠の方が信頼感あるものね。

 

古いかな。

 

よく休む奴に仕事は任せられない。最初からよく休むと分かっていればそれなりの対応しとくよね。

それが普通だよ。

 

原子力発電所は究極のハコモノ行政だ。

それもアメリカに押しつけられたね。

 

茶番なんだ。

茶番だまって見てていいのか。

それがもとで僕ら毒撒かれたんだよ。

今も子どもがその空気吸ってんだ。

土で遊んでるんだ。

食べてんだよ。

 

許せるか。

 

自業自得は僕はいい。

子どもは関係ない。

僕は娘を絶対八十何歳かのおばあちゃんにしてみせる。

 

ほんとのことを言うと殺されると思っている元行政官がいる。

生活のためほんとのことを書かない記者がいる。

僕らはもう命を張らなきゃいけないんだ。

そもそも毒被ってんだし。

子どもはもうとっくに命を張っている。

親の僕らが張らずにどうする。

 

僕は命を捨てたとは言わないが、

覚悟はしている。

それが今、持たねばならない責任だと思う。

自由はそのあとでいい。

 

次回に続く。



2012 03 26

 

きのうのデモの様子です。

http://www.ustream.tv/recorded/21345480

宮下公園

http://www.ustream.tv/recorded/21183768

出発、かな。

http://www.ustream.tv/recorded/21346584

公園通り

http://www.ustream.tv/recorded/21347553

表参道

僕も映ってた。

相変わらず孤独だな()

僕は書くのは好きだけど話すの得意じゃないから。

今度は頭にアカウントでも張っていこうかな。

 

次回に続く。



2012年03月25日

2012 03 25

 

渋谷のデモから帰ってきた。

“TwitNoNukers 反原発デモ@渋谷・原宿”

ツイッターでの呼びかけで集まったデモ。

もうデモは恒例だ。

プラカード持ったり、太鼓叩いたりラッパ拭いたり、デモというよりパレードっていう感じ。

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デモにはいろんな人が参加する。

老若男女。多種多様。

茶髪のロングブーツの女の子も自前のプラカード持って叫んでた。

原発いらない、と。

僕は自然とベビーカーの近くにいつも並んじゃう。

時の政治家は一人ベビーカーを押しながら原発いらない、子供を守れと叫ぶママの気持ちが判るのか。

僕は泣けてきた。

その向こうに僕は遠い長崎のあの公園で遊ぶ娘の姿を薄く浮かべる。

 

分かりやすく言えば、

多分僕なんかは、新興宗教にはまっちゃった“向こう側に行っちゃった人”くらいに思われているんだろう、いつも大体そう思う。

僕はそれを否定しない。

僕は、なにが起こっているのはわからない時、ましてや、子どもの健康に、生命に、人生に、少なからず影響があるかもしれないと思われるような時、“大事をとる”のは当たり前だと思って、過ごしてきた。

そして当たり前のことをやっているだけだと。

原発反対?

当たり前だよそんなの。

原発で食っている人もいる。

原発で働いて僕と同じように

子どもを育てている人もいる。

そんなの知ってる。

だから簡単じゃないんだよね。

それでも止めなきゃなんない。

当たり前だから。

そのためには原発で働く人々の仕事も考えなきゃなんない。

その地域の経済を考えなきゃなんない。

止めるのは簡単じゃない。

だからデモをする。

 

安全だという、大袈裟だという彼らが左にいる。

危険サイドに立った僕らが右にいる。

この二つが一体どの辺で折り合うのか、それが判るのはもう少し先になるんだと思う。

現実がどこに落ち着くのか、それは分からない。

僕はどこに落ち着いても後悔しないようにしてるだけ。

騒いだわりには…、それなら僕は腰を抜かして喜ぶと思う。

それから言うかな、金返せと。

金返せと、言いたいよ。

その方がいいに決まってる。

 

僕はきのう荒れた。

悪い方に気持ちが行ってしまって当たり散らした。

妻にも。

たまにはそうやって吐き出さないとと

自分をなだめる。

 

やることやって頭の整理がついた。

次のことを考えられるようになった。

仕事・住まい・その他いろいろ調べている。

やっとそういう風になってきた。

情報はメールで妻に伝えている。

娘の写真付きのメールで返事が返ってくる。

そういう生活。

とにかく僕は5月からの生活を決めなきゃなんない。

サバイバル。

望むところだよ。

具体的な情報、有益だと思った情報あれば、ここで紹介もしますが、今日はここでやめときます。

焼酎で酔っ払ってその余裕がありません。

スイマセン。

 

次回に続く。



2012年03月21日

2012 03 21

 

最初はキョトンとしていた。

大きな目を開け必死に頭の中を整理しているようだった。

僕が知らない娘の表情だった。

しかし彼女はすぐにその表情を笑い顔に変えていった。

彼女は満面の笑みで僕のところに走ってきた。

両手を上げて僕のところに走ってきた。

忘れてなかった。

僕は久しぶりに娘を抱きかかえる。

泣きながら妻も寄り添った。

 

長崎駅のデニーズの前で、僕ら3人はドラマのワンシーンをやってしまった。

恥も外聞もない。でもそんなこと、どうでもよかった。

 

列車の時間が来るまでの間、僕らは駅ビルの中をまわった。

デニーズでお茶をした。

話をたくさんした。

おむつを替えた。

そして切符を買って列車に乗った。

まだまだ話があった。

列車を降り、3人で歩いて帰った。

風呂に入った。

頭と体を洗ってやり、着換えさせた。

部屋に帰って髪をとかしてやった。

そして一緒にご飯を食べた。

 

日常が帰ってきた。

 

疎開先ではたくさんの母子、夫子疎開者が共同生活をしている。

こんなことがなかったら決して経験することがなかったかもしれない生活。

のぞんだことではないけれど、妻と娘には貴重な経験かもしれないと思うとそれだけでもほっともする。

そしてなによりここは安全だという気持ちが何より僕を落ち着かせてくれた。

たくさんの仲間がいることも大きい。

 

新しい日常。

娘が先に歩いて僕をすぐ下の公園に連れていく。

たまに振り向き僕を促す。

彼女は滑り台がお気に入りになっていた。

僕とうちの近くの公園の滑り台で遊んだのは、36日だったかな。

去年の。

彼女は僕の知らない滑り台に連れてきてくれた。

怖くて一人では滑れないくせに何度も階段を上り滑る。

そっと僕に向かって手を出し僕の手を借りながら。

怖がってたのにと、妻は不思議がり、そして嫉妬する。

ごめんね、お母ちゃん。

 

彼女は何回も何回も階段を上り、滑る。

声を上げ、すたすた走って滑り台の階段に向かっていく。

また手を出し、ぼくの2,3本の指を握り滑る。

いつまでも続けられないことを知っている僕はとっても楽しかったけど、とっても辛かった。

 

まんまの時間だよ、帰ろうよと言うと彼女は首を横に振る。

そして階段に向かってまた走る。

終わらせたくない滑り台をまた滑らせて聞いてみた。

そろそろ終わりにしようよ。

彼女は無視をした後また首を振る。

やめたくないと。

本当はおとうちゃんもだよと、

僕は腹の奥で言っていた。

 

僕はあの公園が

好きなのか嫌いなのか分からないでいる。

 

僕は3日間、ゆっくり過ごすことに勤めた。

無駄な抵抗だと分かってはいたけれど。

あっという間だった。

 

辛いのは、次の予定が決まってないこと。

僕らをつないでいたチケットももう使い切ってしまった。

決まっているのは疎開先が4月いっぱいまでということだけ。

次会うのがいつなのか、どこで会うのか、何も決まっていない。

こんな辛いことはない。

 

3月の僕の仕事はほぼやり遂げた。

金の心配はたっぷりと残るが、逆に言えば金の心配だけしていればいい状況になってきた。

 

僕は次のことを考えなければならない。

次のことを考えなければ、娘になかなか会えないのだから、これはもう必死だ。

 

次に進む。

進まないと。

 

長崎~佐世保間を走る大村線の千綿駅は大村湾に面した所にある素晴らしい景色の駅です。

ここで僕ら家族は三度お別れをしてきた。

でもこれは前に進むための別れ。

妻はべそをかき、娘は怪訝な顔を崩さなかったけれど、僕は頑張ってねと二人のおでこをペンペンと張ってやった。

僕も我慢はしなかった。

列車の中から僕はおおべそをかきながら妻には頑張れと娘にはごめんねとつぶやいた。

娘はまたキョトンとした顔をした。

 

次回に続く。


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2014 東京→岡山→ 原発事故という我々の無責任について。 我が家のギリギリ疎開計画 https://t.co/h63Rn0E2fX
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