2012年01月

2012年01月31日

           
 
ビートル手放すつもりでおります。

14年近く乗りました。といっても最近は年に数回程度しか動かしていませんでしたが。

ずっと持ってるつもりでした。
 娘とドライブとかキャンプとか行くつもりでした。いつか綺麗に直すつもりでした。オクラサとか積んじゃうつもりでした。

けれど仕方ない。そんなこと言ってる場合じゃなくなった。残念ですが変わりました。僕じゃない、世の中が。

もう僕の趣味嗜好なんかどうでもいい。

46年も好きにやって来た。もう十分です。

僕がこれからやらなければいけないのはただひとつ。娘を守ること。

もしかしたらそのために、地球の果てまで行かなくちゃいけないかもしれない。

だからそのために、余計な荷物は置いていく。


これからはそういう時代になると思う。

僕の予想は自分で言うのもおかしいけれど、

結構当たる。

娘の名前も当たった。

かなり残念な方に。


娘には十分楽しんでもらう。僕はもういい。

娘にはあと80年以上、楽しんでもらわなきゃいけない。

だから僕は、きれいな水と空気と土を探しに行く。

それが僕の残りの仕事。

娘の成長を見届ける。

これが僕の最後の趣味。


2012年01月24日

 
こういう日に限って、朝早かったりする。

仕事って大変だ。

トイレの窓から外を恐る恐る覗いたら

白く積もった雪の間に割りとはっきりした轍があったので、

あとはうまく駐車場を出、坂道を無事に上れるかの問題になってきた。


きのう、娘と妻の3度目の疎開がほぼ決まった。

2月末から、

今度は2ヶ月間、4月末までの予定だ。

当然僕は、耐えられるはずがない。

せめて、2回くらいは僕から向こうに出向きたいと思っている。

そうやってごまかさないと、

たぶん体が持たない。

おっさん、なにを言ってんのと、言われるだろうね。

そういう奴がいたら、

僕はたぶん、鼻で笑う。


余裕なんてない。

“ギリギリの線”を

そろそろ越えようとしている。

でも仕方ない。

この国で生きるということが

サバイバルゲームと化したんだから。


あれからもうすぐ一年。

空気は気になる、風が吹けば怖いし、

蛇口をひねって出たこの水は、

果たして飲めるのか。

飲ませていいのか。

食べ物の産地が気にならない日はなく、

目に見えない埃を見えると思って

掃き捨てる。


あらゆる国の機関がてめぇらのことはどうでもいいんだといい、

国会議員と役人たちは、

毎日コツコツ自分名義の預貯金をためていく。

テレビは相変わらずゲロを吐き続け、

秋元康のシャツのボタンは

今にも内臓脂肪に押されて

はち切れ寸前だ。

東北はまた揺れ、

パンドラの箱がまた傾く。

そこに子供がいる。

子供がいるんだよ。

そこに。


僕は必死に子供たちのことを考えなくちゃならない。

そりゃそうだ。

僕は大人だから。

そして僕の娘と妻のことも

必死に考える。


ここでまた僕は葛藤する。


僕はまた一歩、仕事にけりをつける考えが進んだ。

もう気は済んだ。

3ヵ月後、

疎開した妻と娘を僕が羽田に迎えに行くのか、

妻と娘が向こうで僕を迎え入れてくれるのか、

当の僕にも今はわからない。


傷めつけられている子供たちを

黙って見ているわけには当然行かない。


また僕は親不孝をしようとしている。


生きるということの意味。

さぁ、雪かきやるか。

推敲してる場合じゃない。


2012年01月21日

     
 
おはようございます。

きのうまた東京電力本店に行ってきました。

お昼の約1時間。

僕は朝せっかく用意しておいたプラカードを車に積むのを忘れ、

仕方なく手ぶらで行きました。

僕はまだ、何か叫ぶ度胸がないので、

じっと1時間立とうと、行ってきた。

叫べる人を、僕はすごいなと思ってみたんだけど、

帰ってきてふと考えたのが、

“そうか、書くのはなんとかなるから、最初に書いて、それ読めゃあいいんだな。”

っていうことです。

読むならいけるか。

長文用意しないと。


とにかく、抗議の仕方は人それぞれ。

僕のようなおっさんが、ただ立つだけだって

いいわけです。

この前行った横浜のプラカード、

東電前用のプラカード、

そしてあらたに、経済産業省用と文部科学省用も

用意しなくちゃいけない。

手のかかる国です。

何度も言いますが、

僕は特別なことをしているつもりは全くない。

腹が立つから怒ってるだけ。

無理やり割り込んできた運転手を“ガン見”する。

あれです。

しかしきのうは寒かった。

また行きます。


さっきスカイマークのホームページを見て、

航空チケットの手配を考えた。

娘と嫁の疎開用です。

離ればなれになるためのチケットの段取りをつけるほど、

辛いものはないです。

けれど行っている最中、

安心するのも確か。

行ってる側も安心だけど、お父ちゃんのことが気になると、

きのうの夜、屋根つき妻さんは嘆いてくれました。

行かせたいけど辛い。

両極端な気持ちで、

僕は人生最大級の葛藤をしています。

他のお父さんたちは本当に偉いと思う。

平気で何カ月も行かせてるのに、

僕は2週間が限界です。

飛行機にも乗せたくないし。

僕は飛行機、信じていない。

民主党はクズの集団で、

話のネタにするのも気が引けるんだけど、

今この時点で、僕にとっての奴らの犯した最大の罪は、

高速料金どこまで行っても1,000円政策。

あれをやめたこと。

やれよまた。

飛行機代バカになんねぇんだよ。

君らのように

毎月3 往復分の航空クーポン券も支給されないし

月100万、

領収書の要らない金なんてどっからも出ねぇんだ。



そうか、

議員宿舎と国会用のプラカードも作んないと。


2012年01月20日

           
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文部科学省は去年3月の原発事故の際、放射性物質の飛散情報を、

僕らには器械が壊れたとウソをいい公表しなかったにもかかわらず、

米国にはきちんと情報を流していました。


経済産業省は先日、原発の検査を原発をやめたくない連中だけ集めて

大丈夫だという検査結果を出し、30年寿命と言われている原発を

40年はもつと言い出し、場合によっては60年までいけるとも

付け加えました。


この国は僕らを完全になめきっています。


なぜか。

首を絞めているのに何も言わないからです。


腹が立ったら怒る。

そんなの当たり前です。

僕はそういうの、苦手な方だと思っていたんだけど、

どうもそうでもないらしい。


怒ったときはどうするか。

怒った本人に直接言えばいい、

そんなことは言うに及ばず

子供でも分かります。


物言う人たちが増えてきました。

全国各地でデモが行われるようになりました。

テレビや新聞は言いません。

いうわけありません。

対象が自分の仲間なんですから。

最近僕はテレビを見ないのでわかりませんが

仮にやっていても、

上澄みをすくって伝える程度。

茶番です。


全国各地で立ちあがっている。

個人も団体も。

これは特定の利益を主張する行動ではなく、

普通の人が普通に暮らすための

主張です。

次は僕らの番です。


2012年01月12日

     
 
おととい、東京電力本店に行ってきた。

ツイッターで一人で行くという果敢な方がいらっしゃったので、

タイミング良く体があいた僕は、勢いで行ってみた。

途中、車にあったものでそくせき横断幕をつくって。

昼の12時から1時間、僕は他の集まった10人くらいの方達と

本店前で抗議した。

僕は“責任ヲハタセ”と幕に書いた。

僕は選挙に行く感覚で行った。

集団結社の自由は、選挙権同様、憲法で認められている権利である。

僕らが権利を行使しないと、

権力とのバランスが取れない。

今後もいろんな形で権利を行使したい。

生きるというのはこういうことなんだと、

今になってやっとわかった。

70年も戦っていない国に住んでると、

なかなか気付かないことです。

しかし、今は戦いの最中。

鳴らない空襲警報。

出ない非常事態宣言。


2012年01月10日

           
 
もう10日ですが、屋根つきの今年の努力目標を発表したいと思います。

1.逃がす  

去年は2度、鹿児島と長崎に屋根つき妻と娘を計20日間ほど行かせました。

今年もそうしようと考えています。負担はかかりますが、

二人の健康にはかえられません。

そして、ゆくゆくは東京を離れさせたいと思っています。


2.戦う     

僕はこの野蛮な国と戦うことにしました。なにが野蛮か。

生産・販売が規制され、諸外国からも輸入制限を受けるような食材を、

(例えばインドは全面的に日本食材の輸入を禁止しました。)

この国の大人たちはこともあろうに給食に積極的に使っている。


つまりこの国は子供に有害な食物の残飯整理をさせている。


僕は放射線は害があると思っています。子供にはなおさら影響があるとも。

しかしそれはこっちに置いておいたとしても、これが蛮行でなくなんですか。

この一点だけでもう十分、この国と戦う意味があると、僕は感じた。


それだけじゃないです。

今も、福島を中心とする高線量地域で子供たちが暮らしています。

大丈夫か大丈夫じゃないかわからなかったら一応離れておこう

そう考えるのが普通でしょう。相手は子供です。

国はそれをせず、それどころか積極的に留まらせようとさえしている。

それに加担しているのがテレビ・新聞なんだけど。

復興に向けてみんな頑張っている、そんなの年いった大人がやればいい、

子供は逃がせ、知恵を絞って逃がせ。違いますか。


この国やこの国の経済は、子供を犠牲にしています。戦争の時と同じです。


3.新しい仕事を考える。  

自営をはじめて6年目。

順調ではないけれど、何とか今だに食ってます。

車も入れ替えた、一生懸命営業も回った、仲間を増やした、基盤もできつつある。

けれど、僕はこれをいつ捨ててもいいと思っている。

簡単に捨てるような無茶はしないけど。

自営を始めるとき、僕は何ができるか考えた。

そして今度は、“東京を捨てて、お前何ができる?”という課題をもらった。

今僕はまたあの時のように考えている。

もう僕は、こんな茶番に付き合う気はさらさらない。

僕は生き抜く知恵を模索しています。


放射能から逃げるんでなく、茶番から逃げる。

無責任という札をくっつけて、この国に放射性物質がばらまかれた。

じっとしているわけにはいきません。

それでは、頑張ります。

皆さんもどうぞ頑張って生きてください。

子供を守ってください。

子供は皆さんを信じています。

僕は裏切れない。


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2014 東京→岡山→ 原発事故という我々の無責任について。 我が家のギリギリ疎開計画 https://t.co/h63Rn0E2fX
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