2011年05月

2011年05月30日

今夜は自分一人。さっき相模原の僕の実家に嫁と娘を残し帰ってきた。
あの日以来、二人は我が家と相模原を行ったり来たり。僕の判断での“避難”です。
事故を起こした原子力発電所からはいまだに放射能が漏れ、
しかもなんとそれは“バケツリーレー”でかろうじて現状を維持している。
今来ている台風はまもなく積もった放射性物質を周辺に撒き散らすことになる様。
あくまで僕の予想だけれど、
今後は様々な食べ物に製造中止や出荷停止、販売停止の措置がされるだろう。
今は基準がとても低く、野放し状態だけれど、
実害が出たり世論によって若干は改善はされると思う。期待を込めて。
それまでは自衛しないといけない。嫁は今必死に娘の食べ物を確保している。
泣きながら。
数年のスパンでガンになる人が増えていくことになるのだろう。
しかしそれはあくまでも現象としか認識されず
国も決して因果関係は認めない。
たくさんの既にそうなっている、またこれからそうなる犠牲の上に
その先の将来、この国は再び立ち上がったと言うんだろう。
きっとその時の総理大臣は胸を張って自分の成果だと
勝ち誇る。
畑の土も魚が泳ぐ海も川も地下水もきれいではなくなった。
日本の食文化は世界にしばらくは誇れない。
僕は今この国は有事だと思っている。
非常事態宣言を出さない政府は無能だと思っている。
当たり前だったものはすべて当たり前ではなくなった。
ジワジワくる脅威、無味無臭の敵。
僕と嫁は今、大事な大事な娘を抱きしめて
生きている。
もし僕たちに子供がいなかったら
これほど現実味を持って現状を知ることはなかったろう。
娘は僕たちに命をかけて教えてくれた。
だから僕たちも命をかけて彼女を守る。
必ず守る。
今起きていることを知っていただきたい。
そう思って書きました。
まとまりの文章になってしまったけれど
明日も生きなくてはいけない。
なので今日は寝ます。
一人だと、夜長になります。
でも大丈夫、今僕ら三人は元気です。

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