2019年07月31日

今日で用務員丸五年を終えました。

7月31日

今日で用務員丸五年を終えました。一日空けてあさってから六年目に入ります。岡山に逃げて五年三か月。岡山での五年はわずか五時間程度の時間にしか感じられず、原発事故から岡山に来るまでの間はほとんど時間は止まっておりましたが、その半日にも満たない間に娘は成長し、僕と妻の元から巣立つ日を今か今かと待ちわびているようにも見えています。確実な時を娘は僕らに与えてくれておりました。
時間の流れに戸惑わないことに決めた僕の一瞬は永遠になりました。娘との時間がいとおしいです。僕らの生活は闘いそのものになりました。原発事故が風化した時は僕らが死ぬ時です。このままで済ますつもりはありません。娘にはあらゆる生き延びる知恵とあらゆる逃げ道を残してやるつもりです。今は少し、親は必ず子を残して死ななければならないことを勝手に
決めた神様を恨んでいます。

原発反対。



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2014 東京→岡山→ 原発事故という我々の無責任について。 我が家のギリギリ疎開計画 https://t.co/h63Rn0E2fX
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