2012年06月08日

我が家のギリギリ疎開計画49

2012年 06月 08日

妻が夜の巡回ヘルパーのパートをはじめました。
今夜は娘と2人。
娘はいつものようにはしゃぎまくった挙句さっき布団にもぐりこみました。

今夜は戦いの夜になった。
サッカーもあった。
僕は娘と戦い、妻は新しい仕事と戦い、そして抗議のデモの戦いもあった。
毎週金曜日、首相官邸前では原発再稼働に対する抗議のデモが行われています。
マスコミは取り扱いませんが、今日は4000人ほど集まったようです。
少しずつ増えています。
僕も行きたいところだけれどなかなか行けない。
僕らにも僕ら家族の戦いがある。
妻は移住資金を稼ぐ戦いをやっている。

それぞれの戦い。

我が家は相変わらず、超低空飛行を続けている。
今月は機体の腹を若干地上に擦りました。
しかし何とか飛んでいます。
とにかく最低限まで高度を上げたい。
そして目標高度は成層圏。
目的地は移住の地です。
そのために、僕も僕ができることをもう一度考え、やれることはやろうと思っています。
なんでもやろうと。

やめるかもしれない仕事の営業なんてやりにくいんですがそうは言ってられない。
今やれることはやります。
自営はきついが、自分次第でもあります。
試されているのかもしれません。

僕は自分で忘れていたんだけれど、まともな暮らしをしていなかった。ずっと。
就職も進学もせず世の中に出てアルバイトの連続。その日暮らし的生活。
半年家賃を溜めて、久しぶりに自分の家に行ったとき、見慣れぬカーテンが夜の窓越しに揺れていたこともあった。
もちろん鍵も替ってた。
家財道具はその時一切なくなりました。
なので高校の卒業アルバムを僕は持ってない。
僕は捨てることにあんまり躊躇がなく、むしろ次に進むためのいいステップだとさえ思えるのはたぶんこれがきっかけだと思う。
23の時、僕はそれまでの自分を捨てました。
そして30過ぎてそれもまた捨てた。
今またそれも捨てようかなと思っています。

脱皮か。
脱皮かもしれない。

もともと僕はロクな暮らしをしていない。
30過ぎて結婚して、そして娘が生まれて僕はどんどんまともになろうとしていた。
まともになろうとしていたら、世の中がまともじゃなくなった。
まともという幻想に、僕はままんまとひっかったのかもしれない。
だからまた脱皮。

少し自分に戻ろうと思います。
世の中またバカにしながら生きようと。
目的はひとつ。娘を守ることに変わりはないです。

平日の夜の首相官邸に、4000人もの人が集まって抗議をしています。
今は異常事態です。
非常事態宣言を出さない政府は無能です。
毎日福島で子供たちが被曝し続けている。
狂気の沙汰です。
“総選挙”に浮かれている時ではないのだ。

毎週デモが行われている官邸前が今月から道路の補修工事を始めるそうです。
工期は今年いっぱい。
この暴挙をどう見ますか。
そういう現実が今あります。
知っていただきたい。

娘は静かに眠っています。
一度寝がえりをうちました。
もう少しで妻は帰宅します。
明日は“疎開仲間”と会う予定だそうです。

戦いは始まったばっかりです。
自分に嘘をつかずに行こうと思います。
そうしなければ死ぬかもしれない。
そういう時です。

次回に続く。



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2014 東京→岡山→ 原発事故という我々の無責任について。 我が家のギリギリ疎開計画 https://t.co/h63Rn0E2fX
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