2018年12月20日

このままでは原発事故が

2018年12月20日

このままでは原発事故がほとんど何事にも変わらず昔の出来事になってしまうしあの時の絶望はほとんど誰にも知られず今の不安も誰にも伝わらず日常の常識に敗北していくだけになりそうなのだけど、過去と現在のあらゆる出来事の「当事者」はいつも見聞きされることはあるこそすれ理解は常にされることがなく、当事者はいつでもどこでも闘いを強いられてきたことに今更気付くのだけど、せめて人間の忘れたり想像できないという能力の限界を補うためにありそうな人の権利を認めるということについて社会が慣習にねじ伏せられながらも誠実であろうとするなら、人々も僕もどれだけ救われたろうと思ったりする。

しかし今はまだ、独りよがりで独善的で、つまらなさすぎるかもしれない僕のエントリーなのだけど、敢えて僕はそこから闘うことにはしてみている。



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2014 東京→岡山→ 原発事故という我々の無責任について。 我が家のギリギリ疎開計画 https://t.co/h63Rn0E2fX
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