2018年11月13日

夢を見ました。

2018年11月13日


夢を見ました。

たぶんこの前帰った実家のお袋だと思います。皆で夕食の卓を囲み、ホットプレートから出る煙の向こうで一人だけ椅子に座っているお袋だと思います。ニュースなのか弟なのかの声で、腐った食べ物をお袋が食べたのか捨てないで大事にとっておいたのかを僕になのか誰になのかはっきりしませんが伝える声がします。

この前の帰郷ではやたらお袋の禿げ上がった額が気になり、それはなんのためのものか分からないバンダナのせいなのかあるいはほんとに禿げ上がったのか定かではありませんでしたが、ただ部屋の明かりと色のコーディネートに同化するような白髪なのか金髪なのかよく分からない髪の毛と、乾いた顔の皮膚と多少の笑顔も出て救われもした硬めの表情が、僕には少しお袋が遠くに行ってしまったように見えていました。

 確かに、この前別所温泉に行った久しぶりの旅行の写真では、女将を真ん中に親父と並んで映っていたお袋の顔は白く浮腫んではいましたが穏やかそうで旅行を楽しんでいるようではありました。

お袋は僕らの避難、いやお袋には移住だったんだと思いますが、それには泣いて反対しました。

生まれて四十八年目で初めてお袋の罵声も聞きました。

この期に及んでなんで僕はお袋に絶望しないといけないんだと僕も泣きました。

お袋と同居する弟の弱音も初めて聞きました。

タクシーで出掛けたのに、帰りはタクシーがつかまらなかったと言って歩いて帰ってきた。何キロあると思ってんだ。なに考えてんだか、お袋よく分からないよと。

夢から覚め思い出すことが山ほどあります。

僕はあの震災で無くしたものはあるのかと、たまに疑心暗鬼になります。家が壊れたわけでもない、津波で家族が流されたわけでもない、避難せよと言われたわけでもありません。家も家族も土地も無くしたわけではありません。

自分が無くしたと思わなければ無くなっていないものを僕は無くしたんでしょうか。

或いは誰が見ても僕は何かを無くしたんでしょうか。

それがよく分かりません。

権利という知恵は、どこまで犠牲を可視化してくれるのか気になります。僕以外の人が僕の犠牲が見えるのか気になります。

相変わらずまた個性として片付けられてしまうのかどうなのか。

それを確かめてみたい気がしています。

今日はまだ五時半です。



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2014 東京→岡山→ 原発事故という我々の無責任について。 我が家のギリギリ疎開計画 https://t.co/h63Rn0E2fX
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