2018年08月23日

僕の親父は中卒で

2018年8月23日

僕の親父は中卒で、栃木から東京に出てきて代沢の神戸タイルで修業してからたまの手間賃稼ぎの今を加えると60年かそのくらいタイル屋一筋で、他になにかやっているのをほとんど見たことがないような親父なんですが、小さいときはよく仕事の手伝いに連れていかされて、汚ねぇセメントまみれのバンだったりトラックだったりしたうちの車でよくあっちこっちの現場に行きました。昔はタイル屋の仕事と言えば、玄関、風呂場、トイレの三ヵ所が定番で、後半は仕事の量も減りタイルもボンド貼りになっちゃいましたが、それより前は団子貼りって言って一枚一枚タイルにモルタルのってけて貼っていました。モルタルつくんのは手伝いに行けば僕の仕事で、ふねでセメントこねるなんてことはまるで僕は慣れたもんです。何十年とやってませんがやれと言われればいつでもできます。ただ当時は嫌で仕方ありませんでした。人通りの多い道路っぱたでセメントこねるあのなんとも言えない敗北感は経験しないと分かりません。で、タイル貼るときはモルタルをコテでタイルにのっけて貼るんですけど、この団子貼りだけは親父の仕事。玉タイル貼ったり紙剥がしたり目地詰めとか半端もん切ったりそういう他のことはだいたいやらされましたがこれだけはやらせてくれなかった。そのコテ、団子貼りの時に使うのは丸ゴテっつって、まーるい感じのやつなんですけどそれでバケツに入ったモルタルを親父のリズムなんでしょうねあれ、回りを引っ掻いてモルタル集め、最後にカンカンカンってコテでバケツのはし叩いて丸くモルタルを形にしてコテにのせ、それをタイルの裏にのってけて落ちないように糸で水平とってある壁にぺたっといくわけです。でコンコンとコテの持ち手の柄の反対側で叩いて、目地にコテの先っちょ刺して位置決めしていく。その時の手つきと舌を下唇の内側にくっつける表情に、僕は一瞬だけプロフェッショナルを感じたわけです。なんにもできないしうちに帰って酒飲んでるだけだし頭悪くてものも知らないしお袋と口げんかばかりしている親父であるのにです。プロフェッショナルなんて言葉使いましたがそんなカタカナの印象ではなかった。職人てなんだろうと思いますが、遠目で見てるぶんにはいいですが身近かにいられては被害被るみたいな、まして身内は最悪です。だから僕は職人なんかになろうと思わなかったし、継ぐ気も更々なくて、ただ負けるわけにはいきませんから違う事でちゃんと親父のスキルは越えてやろうとは考えました。簡単だと思っていました。たいした能力はないのに自信だけはあった僕はいろいろやってはみたのですが30くらいでしょうか、絶望したわけです、俺、あんな親父を抜けそうもないと気が付いた。僕その頃ロケのドライバーやってましたがドライバーなんかで職人抜かせないなと思った。それも間違いなんですけど。だからせめてと、その頃からプロ意識に目覚めたりしたんです。チャラい仕事だったけど。でやめちゃいけない、40まではやろうと思った。仕事をするようになってからの30年はあっという間に過ぎましたが、いまだに僕は親父に追いついていません。今さらですが僕には職人体質がいい悪いは分かりませんがついていて、そっからは出られないし出るなんて事考えなくてもいい気がしてきています。

#遺書 #原発避難



コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
Twitter プロフィール
2014 東京→岡山→ 原発事故という我々の無責任について。 我が家のギリギリ疎開計画 https://t.co/h63Rn0E2fX
ギャラリー
  • なんでここにいるのか危うく
  • 二泊三日のキャンプでいいのは
  • 我が家のギリギリ移住計画115
  • 宿題は?
  • 庭。
  • 新居です。
  • 今年は最後に引越しというわりと大きなイベントが
  • 引っ越します。
  • 引っ越します。
記事検索