2018年04月11日
僕は結局3年悩んで東京から岡山に逃げました
2018年4月11日
僕は結局3年悩んで東京から岡山に逃げました。分かりませんが、もしかしたら4年悩んで逃げなかったかも知れません。判りません。もし、あのまま東京に居続けていてこのエントリーを読んだら、僕は何を思うだろうかと考えます。想像ですが、娘に対する罪の意識と後悔でたまらなくなるような気がしなくもありません。自分がいなくなってからの娘の人生がかかっています。ベストを尽くす以外に、見ることの出来ない彼女の人生に寄り添う方法が浮かびません。預貯金なんてありませんでした。たった一人の孫がなぜわざわざ見も知らぬ場所に行くのかお袋はいまだに半信半疑で諦めて仕事もやめたせいもありますが弱りました。それでも逃げました。しかしこれは結果です。いろんなものが犠牲にもなりました。たくさんの事が解決しましたがたくさんの事が悩ましくなりました。そしてそれがなんなのか、分からなかったりしています。逃げる事が出来なかった時、僕は漠然とした恐怖に怯え誤魔化し屁理屈をこねるかあるいは科学を見方につけて被曝回避のために知恵と体力を使っていたかもしれません。
逃げた僕が逃げない僕に、はたしてなんと声をかけたらいいだろう。
苦しい。ひたすら苦しい。
一瞬時間が解決してくれそうになるが、まったくそんなことはないのだ。