2017年01月06日

原発問題は個人の細部に宿り

2017年1月6日

原発問題は個人の細部に宿りまた極めて広域に及びます。人々のいろいろな価値観がひとつの事故によってこれだけ問われなければならない事は、原発が非民主的道具であることの証拠で、また民主的とはなにかを非民主的に飼い慣らされてしまった我々に対して極めて難しい問題を突き付ける装置であった事の裏付けなのかもしれないと思います。
そしてなにより過酷なのは、どんなに小さいことでも、全く見通しが立たないとしても、前に進まなければ自分たちの生きている証とか言う趣味趣向といった全くもって偽善的で健全なつつましやかな存在そのものを何処かに自ら追いやってしまいかねないから、くたびれても弱音吐くわけにいかないという点かもしれません。



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