2018年12月16日

2018年12月16日

お父さん、人間は愚かだと思う?と聞くので一拍おいてそうだね愚かだね、人間は愚かかもしれないねと答え、でもね、人間はほおっておくと愚かになる自分をそれではダメだとなんとかいい方へ向かおうとするよね、そこは人間の素晴らしいとこだよね、そこは他の動物と違う素晴らしいとこかもしれない。だから少しずつでも時々でも無理せずちょっと頑張んないといけないのかもよとつけくわえたのだけど、それにはっとしたのは娘よりむしろ僕本人かもしれなかった。
#でまた娘の言葉がなにかの台詞かもしれないというオチ



2018年12月15日

2018年12月15日

いろんなことがギリギリ状態だった移住の頃に金の話を所詮金の話だと開き直れたのはそれだけギリギリに追い詰められていたってことかもしれないなと思いますが、今はそうでもないというのはそれだけ生活が安定したってことかもしれませんがそれはそれで苦痛なもんです。
#原発避難 #岡山



2018年12月12日

2018年12月12日

これからも岡山にいる最大の理由が、もうめんどくさい引越しはしたくないから、っていうことになるかもしれない。年を取るというのはこういうことなのかと思わず合点がいくことが最近多い。#原発避難 #岡山



2018年12月11日

2018年12月11日

なんとか諸費用の約半分とそれとは別に引っ越し代を今の不動産屋に出してもらうことになりましたが、引っ越し業者はこちらで選び本契約を確認したら半分を支払うと先方が言うのでそれでは口約束でなく一筆かいてほしいと言うと書きますがそちらも契約し退室する旨書いて欲しいと言う。

そもそもあちら側の事情で始まった話にもかかわらず貸主側が平気で無意識に優位性を主張する。

反吐は何処で吐けばいいですか。

 #原発避難 #岡山



2018年12月09日

この回から「我が家のギリギリ移住計画」はこのブログに書いていくことにします。

前回の「110」が去年の6月ですので一年以上ぶりのエントリーです。
理由は311についての自分の記録を可能な限りこのブログに集約することにしたためです。
一か所にすべてを集めておくことで個人的な日記であれ何かのお役に立つかもしれないと考えたことと、娘に311からの出来事を伝えるために整理して残しておきたいという二点です。
現在まだ整理の最中なのですが、新たなエントリーはこの整理が終わったらと思っていましたが、それを待っているとさらに整理しなくてはいけない記録が増えていくことになりますので、その手間を省くため最初から記録として整理した形でここに書いていくことにしました。

現在の住まいが立ち退きを迫られ、なかなかこちらの借主としての立場を理解してもらえないまま半年程度を過ごしたのですが、納得いかないままではありますがなんとか貸主側からはギリギリのところでの譲歩を得ましたので、目星をつけておりました物件について具体的に話を進め始めました。

我が家年内に転居します。

今の住まいはお試し住宅の期限が切れるのを前になんとか安くて我々の希望にかなうところはないかと散々探してたまたま出てきた物件で、地区何十年なのかわからないほどの長屋の真ん中の部屋は傾きかけていて日当たりも良くなく、また一部屋は畳の劣化が激しくとてもそのままでは使うことができないような状態で雨漏りもするようなものでしたが、とにかく希望の学区で安く住めればそれでいい、引っ越し費用もほとんどかけることなく済むのだからまた引越そうと思えばすぐにでも越せるという緊急避難的な家として考えておりました。

そうはいっても幼い娘にとっては思い入れのある家ですし、また今回のようなオーナー側からの要請ということであればまた意味は違ってくるので複雑な状況ではありますが、日常のなににつけ、なんでも捨てることが別れに繋がるようすの娘には、今までどおり同じ学校に行けるようにしたこと、引っ越す経緯や僕と妻の意向、それとあなたは将来どうすべきかということを話しました。小学校三年生の娘はうんうんと頷きながら聞いていました。

彼女なりに理解しているなと思いました。

青天の霹靂というわけは決してないのですが、三度自分ではない第三者によってそのタイミングを決められてしまう引っ越しが続くことになりましたが、ただひとつ結果的によかったのはもう少し先の娘の部屋の問題をこれで解決することができそうなことです。そして立地についても夫婦とも満足をしています。

まだ動き出したばかりの引っ越し作業です。忙しい年末になります。心を崩している暇はないのですがこれも穏やかに自分をだましながら時を過ごしたいと思います。

アフター311という世界は僕らの感受性をぞんざいに扱い、僕らは外皮を剥がしたまま塩の海を泳いでいるように苦しみもがいていますが、しかし負けるわけにはいきません。

この世界に是非勝って、娘を素晴らしい未来に送り出したいと思います。

また経過お伝えします。

次回に続く。



2018年12月08日

2018年12月8日

今の不動産屋がきちんとした対応をすることが前提にはなりますが、我が家年内に転居します。娘が今までどおり同じ学校に行けるようにしたことを、引っ越す経緯や僕と妻の意向、それと自分は将来どうすべきかということを含めて彼女に話をしました。小学校三年生の娘はうんうんと頷きながら聞いていました。

彼女なりに理解しているなと思いました。

アフター311という世界は僕らの感受性をぞんざいに扱い、僕らは外皮を剥がしたまま塩の海を泳いでいるように苦しみもがいていますが、しかし負けるわけにはいきません。

 この世界に是非勝って、娘を素晴らしい未来に送り出したいと思います。

#原発避難 #岡山



2018年12月06日

2018年12月6日

歯が抜けました。もう自分で勝手にしまいます。

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2018年12月6日


写真の話です。

最近また写真撮りたいなと思うようになりました。まったくの素人で、ロケの合間に当時出だしたカメラつき携帯でなんとなく撮りだしたのがはじまりで、そのうち弟の一眼レフを暫く借りてわざわざ出かけて撮ったりしていました。どっかにまだあの時のネガがある筈です。

ロケのドライバーは東京の風景に関心を持ったり実際に写真を撮るには都合のよい仕事でした。カメラつき携帯の登場はいうに及びません。

 いつでもどこでも東京は僕にとって被写体でした。東京という街の刹那さはそのまま僕の、或いは人間の“切なさ”に重なり、東京を写すことが僕の混沌を写すことになりました。そして写真を撮ることそのものが東京を撮ることであり自分を撮ることでもありました。

結婚し仕事を替え娘が生まれる中で写真のことを忘れていきました。写真でない場所に自分をみつけたということです。そして311。

僕は311後の東京を撮っていません。何が撮れただろうとあらためて想像する瞬間もないではありませんが、あれ以降の自分、あれ以降の世界を写真に納めることなどとても出来ないかもしれません。

そして今岡山です。僕は毎日岡山の風景を見ていますが、岡山の風景というよりも、今毎日見るその風景は僕には311後のどこだか分からない街の風景といった方が実はより正確かもしれません。

得たいの知れない世界の街。

今見る風景を写しても、そこに写るのはなんなのか僕にはいまだ全然分かりません。だから、まったく撮る気がずっとしなかった。なにを撮ることになるんだろうと。

でも最近また撮りたいなと思うようになりました。ただそれは風景ではないだろうと思います。風景に僕はいないのですから。僕はどこにいるだろうと探します。

人かもしれないとも思います。
 人は撮ったことがないのですがもしかしたら人を撮る写真の中に僕はいるかもしれないと少し感じています。

今はまったく自信がありませんが。でもそこに自分がいることは分かってはいます。

人は感じたことを表現することでしか存在し得ない気がします。方法は千差万別。残すということではない、今いるということの確定。

今いるということをちょっと撮ってみたい気がしています。

#原発避難 #岡山



2018年12月03日

2018年12月3日

「出川哲朗の充電させてもらえませんか?」という番組を面白くて最近欠かさず視ています。
 今回は日光から会津を通ってゴールは喜多方でした。僕は今回はあまり視る気がしていなかったのですがいつも通り録画もして視ました。

いつもの出川さんの人となりを視て、もう少し以前なら僕はなんだ出川さんもなにも言えないのかとか、なんにも知らないのかなどと次から次へと裏切られていくテレビに脱力し、そしてそこに映る人々はどうしてそこに住めるのか、なぜそんなところを旅しようなんて思うのか、不思議というか愚かだなとも感じていたのかもしれないのですが、今回はそれが少し違いました。

 人が土地を愛し、人が人を愛し、風景に癒され、郷土を伝えようとする心は変わらず、そしていつでもどこでもそれは変わらなくてもいいんだなということをあらためて思い直し、人の暖かさやこどもの無邪気さも変わらなくてよいものとして拝見することが出来ていました。

ただ、彼らには約束がされているのか、ということだけが気になる全てのほとんどでした。つまりここは汚れています、これだけのリスクがあります、その上でそこにいることもいないことも自由ですというような選択の自由がどれだけきちんとされているのかということが気が気で仕方ありませんでした。彼らは選択した上で日常を続けているのかという風にです。

それがないのならかわいそうで仕方ない。

人は不幸が起きてほしいなどとは当然思わず、仮に起きても過小評価しようとするものなのかもしれません。しかし、これだけ民主的でなければいけなくなった世界でそれをそのまま仕方ないものとしてほおっておいていいのかとも思います。

原発は極めて民主的でないと動かしてはいけないものではないのかという風にです。

伝統的にも科学的にもあまり変わらない世界がグローバルに超科学的に変化せざるを得ない時に、人々の心をなだめるのが民主的手続きという人間が発明した道具なのではないかなと思えて仕方ないのですが、違うのでしょうか。

僕は日本に住んでいますがだからこそ分からないんでしょうか。

起きないといけません。
おはようございます。



2018年12月01日

2018年12月1日

長屋の両サイドが引っ越しました。まさか無条件で出ていったわけではないと思いたいですが、我が家の不動産屋は相変わらずのらりくらりなので出ていくもなにもありません。

物件は一応見ていますがタイミングですので。

めんどくさい話はもうやなのですが、不動産情報は実は休まずメールでこの半年ずっと取り寄せています。

 たぶん次越せば、僕は十一回目くらいの引っ越しです。

ずっと家具と呼べるものはほとんど持ったことがなく、一人のときはバックパッカーに毛が生えた程度でしたが、結婚して荷物が増え、娘が出来て荷物が増え、岡山に来てまた増えました。自分がロケ屋で、ほとんど引っ越し屋と変わらないものでしたし、若かったせいもあって今まで引っ越しの業者を頼んだことがないのですが、今は当然ながら見積りを頼んでいますし、場合によっては頼んでもいいかなとも思います。引っ越しがめんどくさい歳になりました。当たり前ですが。娘のためもあります。

この先どうするか考え、いろいろ思うこともあることはあります。

僕はへなちょこですが娘はたくましくなるかもしれません。たくましくなってもらわないと困りますが。

これから娘とクリスマスツリー出します。

#原発避難 #岡山 #ただでは起きない



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2014 東京→岡山→ 原発事故という我々の無責任について。 我が家のギリギリ疎開計画 https://t.co/h63Rn0E2fX
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