2018年12月24日

2018年12月24日

出来た。

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2018年12月23日

2018年12月23日

311で壊れたのは原発でなく日本そのものなので、砂上の楼閣の権力者は強権的に必死に己を守ろうとしているというのは分かりやすい気はしますが、それではその砂地とは何の比喩であるのかという命題は残ります。



2018年12月23日

長屋の二軒となりのおばあちゃんが訪ねてきて娘にクリスマスのプレゼントを頂いた。なんか怒られんのかなと思った僕は拍子抜けし、急いで娘を呼んで挨拶させたらなんか恐縮しながらですますちゃんと使ってお礼をするので驚いた。年内に引っ越すことになったことを伝えお礼を言った後で、しっかりお礼できたね、あなたのことをちゃんと見ていてくれていたんだよと娘には教えてあげた。今夜はカレー。キャベツのせるかい美味しいよと言ったらいらないと言う。なんだ旨いのにしらねぇな。


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2018年12月21日

2018年12月21日

うちの娘は英語と水泳を習っています。ピアノもやってほしいのですが縁がなく、また、ピアノが家にあるのですが娘それほど関心を示しません。これもある意味縁ですが。英語については僕の戦略が効を奏しました。親はベッタベタの日本人ですから、大変でしたが言葉をしゃべる前から英語になるべく触れさせようとしていました。水泳は少なかった外遊びの、その時の運動不足の取り返しと学校のプールの時間のメンタル負担の軽減のつもりです。英語にしても水泳にしても、娘の好きなものベスト5にちゃんと入っているのでとりあえず安心していますが、いやならいつ辞めてもいいんだよとどちらのプレッシャーにもならぬよう注意しながら娘の意思をなんとなく日頃確認しています。

“関心を持って”とよく人は人に言います。しかしハイそうですかと言って関心を持つ人はそうはいません。仕向けると言っては語弊あるかもしれませんが環境がまずないと持てる関心も持てない気はします。環境をつくりあとはあなたの自由ですと言うのはずるいと言えばずるいような気はしますが選択するにも、まずどんな材料があるのかの提示が意図的にも不可抗力的にもなければ選択しょうがないということは少なくともあるかなとは思います。娘には、いつも何をやってもいいんだよ、どこに行ってもいいんだよと言っています。家の壁には世界地図を貼ってあります。日本地図もあればよいのですが、岡山に来て以来忘れています。以前は南北逆さにして日本地図貼っていました。

選択肢。

娘は学校の勉強というものがあることを知っています。当たり前ですが。なのであとはそれを娘が選択するかしないかだけの話だとは思うのですが、様々な候補の中で学校の勉強の量があまりに多く、他の選択肢の時間を侵食するので、なんでも自由とは言いながら宿題だけは他のことの時間確保のため片っ端から僕がやってしまうことにしています。たまに娘がやってる宿題まで取り上げてやってしまうのでそこは注意がしないといけないかもしれませんが、おおかた娘の意向には沿えてるかなと思っています。最近はここは私がやるからお父さんはこれやってと娘は配分もしたりしてわざわざ僕の分をつくったりしますが、せっかちな僕は結局全部やってしまったりして、おまけに娘も娘で出来たあ?と聞いてくる始末なのですが、いずれまた勉強に関して違う選択をしてくれればそれでいいと鷹をくくっています。

僕らの民主主義には選択肢がないなと思います。

選択枠の提示がなく元々あったかのようなもので渋々我慢したり、或いは選択を求めず絶対的なものに真実を見ようとしたりして、いろんな場面で我々には選択の機会が少なくて、或いは選択そのものが得意でないのかなと思ったりさえしてきます。選択することをかち取る機会はあったように思いますが、意図的にか伝統的にか分かりませんが結果的には見過ごしたような気はします。

選択肢がないのに選択できるというのは才能です。だから他人にまで無理強いは出来ない。“関心を持って”というのは毒づいて言えば人権無視も甚だしい。それよりも、言葉悪いが仕向ける苦労もいるのではないかなと思えてならないです。つまり民主的とはなにかを学ぶ機会をつくることに熱心になる理由はもう十分すぎるほど今の社会にはあるんじゃないかなと思うし、その材料ももしかしたらアイデアも手段に至るまで既に揃っているんじゃないかなとさえ思うわけです。

道徳なんかやめて民主主義シミュレーションの時間にしたらどうかと思います。選挙制度の歪みにしてもこれかもと勘繰ります。二大政党制についての授業をせず先に仕組みを変えようとした人達の罪は僕は結構重いのではないかなと思います。

“関心を持って”というのは僕にしても政治に関心もつ人にしても都合が良いことだと思うので、そこは気を付けたいなと思います。

選択と理想をどう考えるかということかもしれません。




2018年12月21日

忘年会が終わりました。
 今年も楽しかったけど、今年も明らかに住む世界が違いました。僕が岡山にいるのは特別な理由があるのです。絶望から這いつくばって逃げてきたのです。そんなこと、わざわざ楽しい酒の席で披露するほど野暮ではなくなりました。時はすべてを解決しませんが人肌程に馴染みやすくはします。日常が脅迫します。忘れてしまえと。ではなぜ僕は知らない岡山にいるのだ。誰かが教えてくれるとでも言うのですか。

雨が降っている。
とてつもなく当たり前の雨だ。
僕の当たり前など、
どこかへ置いてきたというのに。

#原発避難 #岡山



2018年12月20日

2018年12月20日

今回の引越しに合わせて介護タクシーの時の書類を整理した。頑張っていた頃が懐かしい。日報拾い読みしたら2007年だった。東京にいた時のことを覚えてないという娘はまだ生まれてもいなかった。岡山に来ることを決めて、大事な商売道具は突然すべて要らないものになった。しかし大事なお客さんの資料は捨てられない。要らなくはなったが僕はいっさいがっさいそれを持ってきた。僕の今までの他のほとんど全部は東京に置いてきてしまったから、僕の引越し荷物といえばもうほとんど要らないものだらけになった。そして今回はその紐もほどくことにした。日報も領収証も処分した。お客さんの個人情報も五年を過ぎれば機密書類として処理できるのだけど、けれどこれは取っておくことにした。四十を過ぎて初めて頑張ることにしたあの頃の僕を支えてくれたお客さんたちのことを、大事に持っていようかと思い直した。
#原発避難 #岡山


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2018年12月20日

このままでは原発事故がほとんど何事にも変わらず昔の出来事になってしまうしあの時の絶望はほとんど誰にも知られず今の不安も誰にも伝わらず日常の常識に敗北していくだけになりそうなのだけど、過去と現在のあらゆる出来事の「当事者」はいつも見聞きされることはあるこそすれ理解は常にされることがなく、当事者はいつでもどこでも闘いを強いられてきたことに今更気付くのだけど、せめて人間の忘れたり想像できないという能力の限界を補うためにありそうな人の権利を認めるということについて社会が慣習にねじ伏せられながらも誠実であろうとするなら、人々も僕もどれだけ救われたろうと思ったりする。

しかし今はまだ、独りよがりで独善的で、つまらなさすぎるかもしれない僕のエントリーなのだけど、敢えて僕はそこから闘うことにはしてみている。



2018年12月18日

2018年12月18日

賃貸契約書類がほぼ揃いあとは入金と保証人の書類という段階になり、今日妻はめんどくさくなった銀行の高額引き落としに翻弄されながら入金を済ませ今の住まいの不動産屋に電話を入れました。立ち退きを迫られ、退去するきっかけがあちらにある以上それに見合う対応はあって然るべきと思いますのでそれについて先方と話をしたのですが認識が相当ずれており要請をそのまま受けることがなかなか出来なかったのですが、なんとか初期費用の折半と引越代金の負担をとりつけ、決して本意ではありませんでしたが退去についてほぼ了承した形になりました。先方不動産屋の言う、転居先の契約が交わされたことを確認した上で折半する分を入金するというのはこちらとすれば府に落ちないことで、本来なら入金が契約の根拠になるところだと考えますのでそれでは契約後の入金についての確約書を求めましたところ、それは快諾得たのですがこちらにも一筆を求めたので、それは結果的には順序の問題として納得しずらいことではあったのですが、その場においてこちらも了承しました。それにのっとり確約書を頂く手筈の前に、実は通話を録音できるアプリを見つけ、それを僕は入れて確めたところ利用価値を感じたので妻にこれを薦め妻もこれをダウンロードした上で先方不動産屋に電話をし、差し当たり先方側の振り込み期日と金額の提示については音声で記録を残しました。音声記録の有効性についての法的根拠には明るくありませんが、妻の感じた限りでは支払いの意思はあるということなので僕としてはそれまでの状況から比べるとかなり前進したという心境ではあります。転居先仲介の不動産屋との契約はほぼ終わりましたのでむしろ僕の荷造りの方が肝心になったかもしれません。先方不動産屋との退去の諸々をさっさと終わらせたいというのは本音です。
#原発避難 #岡山



2018年12月18日


娘が一人になっても寂しくないように、未来をつくるのが僕のこれからの仕事のすべて。高齢の親を持つことを宿命に生まれた娘に出来るせめてそれが置き土産です。溢れるくらいの選択肢を置いていかないと。忘れ物を取りに帰る僕を、行けと手振りをしても追っ掛けてこようとする娘を見て僕の過保護を反省しますが、あまりすねてものを見ない娘が愛おしくはなります。にわかには、いつか娘と別れる日が来るなどということは信じずらいところです。
#原発避難 #岡山 #愛とはなにか



2018年12月16日

2018年12月16日

自営の介護タクシーをはじめた理由のひとつは“定年がない”だったのですが辞めちゃいましたので、今岡山で再びそれは課題です。50も過ぎると展望より不安が先に来ます。介護タクシーするかどうかは別にして、自分でなにかしらしないとまずいかなと思うのですが自分に自立の能力がないことが介護タクシーではっきりしましたし、今から無謀なことというのも心身ともに体力が足りません。自分は年を取らないと思っていましたが、誰よりも先に年を取っていくようで情けない気もしますが自然体で生きるとは残酷かもしれませんがそういうことかもしれないです。無念ですが自然淘汰には逆らえないという思いです。引越しの準備をしています。会場で情けなくも嗚咽して一年たちました。一年以上続いているのかと思うと果たしてもとに戻るのかさえ疑わしくなります。


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2014 東京→岡山→ 原発事故という我々の無責任について。 我が家のギリギリ疎開計画 https://t.co/h63Rn0E2fX
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