2012年01月10日

           
 
もう10日ですが、屋根つきの今年の努力目標を発表したいと思います。

1.逃がす  

去年は2度、鹿児島と長崎に屋根つき妻と娘を計20日間ほど行かせました。

今年もそうしようと考えています。負担はかかりますが、

二人の健康にはかえられません。

そして、ゆくゆくは東京を離れさせたいと思っています。


2.戦う     

僕はこの野蛮な国と戦うことにしました。なにが野蛮か。

生産・販売が規制され、諸外国からも輸入制限を受けるような食材を、

(例えばインドは全面的に日本食材の輸入を禁止しました。)

この国の大人たちはこともあろうに給食に積極的に使っている。


つまりこの国は子供に有害な食物の残飯整理をさせている。


僕は放射線は害があると思っています。子供にはなおさら影響があるとも。

しかしそれはこっちに置いておいたとしても、これが蛮行でなくなんですか。

この一点だけでもう十分、この国と戦う意味があると、僕は感じた。


それだけじゃないです。

今も、福島を中心とする高線量地域で子供たちが暮らしています。

大丈夫か大丈夫じゃないかわからなかったら一応離れておこう

そう考えるのが普通でしょう。相手は子供です。

国はそれをせず、それどころか積極的に留まらせようとさえしている。

それに加担しているのがテレビ・新聞なんだけど。

復興に向けてみんな頑張っている、そんなの年いった大人がやればいい、

子供は逃がせ、知恵を絞って逃がせ。違いますか。


この国やこの国の経済は、子供を犠牲にしています。戦争の時と同じです。


3.新しい仕事を考える。  

自営をはじめて6年目。

順調ではないけれど、何とか今だに食ってます。

車も入れ替えた、一生懸命営業も回った、仲間を増やした、基盤もできつつある。

けれど、僕はこれをいつ捨ててもいいと思っている。

簡単に捨てるような無茶はしないけど。

自営を始めるとき、僕は何ができるか考えた。

そして今度は、“東京を捨てて、お前何ができる?”という課題をもらった。

今僕はまたあの時のように考えている。

もう僕は、こんな茶番に付き合う気はさらさらない。

僕は生き抜く知恵を模索しています。


放射能から逃げるんでなく、茶番から逃げる。

無責任という札をくっつけて、この国に放射性物質がばらまかれた。

じっとしているわけにはいきません。

それでは、頑張ります。

皆さんもどうぞ頑張って生きてください。

子供を守ってください。

子供は皆さんを信じています。

僕は裏切れない。


2011年10月12日

     
 
ずいぶんご無沙汰してしまっています。

屋根つきは今年のはじめ、この一年の目標を“流す”ことに決めました。おもに仕事の話ですが、種を撒き芽が出て、水をやって、さてどんな花が咲くだろう、それを楽しみに待つ年にしようと思っていました。
けれどこれは見事に裏切られ、今年はまったく今までとは別の生活の始まりの年になりました。

屋根つきは今までの常識はもちろん、今までの自分の人生を、どうやったら捨てられるかを今毎日考えています。

僕は、逃げることに決めました。

どこまでどういう形で逃げられるかわかりませんが、僕は妻と娘を守るため、逃げるつもりです。
是非逃げ切ってみたいと思います。

当然、同時に何かを犠牲にしなくてはいけない。それがなんなんなのか、わかっているものもあるし、まだわからないものもきっとある。けれど僕は二人を引き換えにそれを犠牲にしないわけにはいきませんでした。

この国は、真っ暗なトンネルの中で後ろからバットでひっぱたかれたような事態に見舞われています。そして僕らの子供たちは、復興の名のもとに犠牲にされようとしています。僕たちは自分の子供を片道分だけの燃料を積んだ零戦に乗せるわけにはいかないんです。

僕はこの国が恐ろしくなった。

いろいろなものから逃げたくなった。

けれど僕はずっと長く持っていたかったものをすてる覚悟もしなければいけない。
それは残念でたまらず、無礼であり、勝手であります。

許していただきたい。

僕は家族がいとおしくてたまらない。

許して欲しい。

考える時間はまだまだ続くと思います。

頑張るというか、なんというか。

自分が生きている空間は予想以上に大きく深く、

未知であったと、

毛穴のひとつひとつが嘆いています。



つまらない文章、ここまで読んでいただいてありがとう。


     
 
ストロンチウムという放射性物質は体に入ると骨に行きます。ですので一旦取り込まれると体の外に出すことが難しくなくなります。白血病など引き起こす可能性があります。体はストロンチウムをカルシウムと勘違いして骨に取り込みますので、その前に、たくさんカルシウムを摂取して“カルシウムは足りてるよ”と体におもわせないといけません。なので子供たちに充分カルシウムを摂取してもらう必要があります。お願いします。屋根つきは素人ですが、今はテレビよりはましです。
追記。きのう、ワカメや海苔は関西以西と書きましたか、日本海側のほうがいいかもしれません。


2011年10月11日

     
横浜の港北で、ストロンチウムという猛毒が検出されました。子供たちには是非カルシウムをたくさん食べてもらってください。関西以西のワカメや海苔などから摂ってもらってください。青酸カリの数千倍の毒性があるものが福島から飛んできたと思ってください。お願いいします。屋根つきも情報が不十分ですので、どうか冷静な対応を、お願いします。ニュースの言うことより、今は屋根つきの言うことを信用してください。


2011年09月22日

 
念願だった九州へ、明日は伯父の住む宮崎、あさってからは母親の実家の鹿児島へ、行ってきます。

娘には体を休めてもらい、妻には心を休めてもらい、僕は今後の策を練りたいと思っています。

トンボ帰りの僕は妻と娘と一週間、離ればなれ。堪えないと。娘のためです。


2011年05月30日

今夜は自分一人。さっき相模原の僕の実家に嫁と娘を残し帰ってきた。
あの日以来、二人は我が家と相模原を行ったり来たり。僕の判断での“避難”です。
事故を起こした原子力発電所からはいまだに放射能が漏れ、
しかもなんとそれは“バケツリーレー”でかろうじて現状を維持している。
今来ている台風はまもなく積もった放射性物質を周辺に撒き散らすことになる様。
あくまで僕の予想だけれど、
今後は様々な食べ物に製造中止や出荷停止、販売停止の措置がされるだろう。
今は基準がとても低く、野放し状態だけれど、
実害が出たり世論によって若干は改善はされると思う。期待を込めて。
それまでは自衛しないといけない。嫁は今必死に娘の食べ物を確保している。
泣きながら。
数年のスパンでガンになる人が増えていくことになるのだろう。
しかしそれはあくまでも現象としか認識されず
国も決して因果関係は認めない。
たくさんの既にそうなっている、またこれからそうなる犠牲の上に
その先の将来、この国は再び立ち上がったと言うんだろう。
きっとその時の総理大臣は胸を張って自分の成果だと
勝ち誇る。
畑の土も魚が泳ぐ海も川も地下水もきれいではなくなった。
日本の食文化は世界にしばらくは誇れない。
僕は今この国は有事だと思っている。
非常事態宣言を出さない政府は無能だと思っている。
当たり前だったものはすべて当たり前ではなくなった。
ジワジワくる脅威、無味無臭の敵。
僕と嫁は今、大事な大事な娘を抱きしめて
生きている。
もし僕たちに子供がいなかったら
これほど現実味を持って現状を知ることはなかったろう。
娘は僕たちに命をかけて教えてくれた。
だから僕たちも命をかけて彼女を守る。
必ず守る。
今起きていることを知っていただきたい。
そう思って書きました。
まとまりの文章になってしまったけれど
明日も生きなくてはいけない。
なので今日は寝ます。
一人だと、夜長になります。
でも大丈夫、今僕ら三人は元気です。

2011年04月24日

     
 
参加するため娘を連れて二人で渋谷に行ってきた。外出は一週間ぶり。

抱っこひもつけて荷物をさげて行ってきた。

選挙とデモ。今日は二つの意思表明。


出発を待つ間に泣き出して、それからはもう戦い。

なだめ、上着をとり、靴下を脱がす。

抱っこひもから出し自由にしてやる。また暴れる。

たすきがけのひもにチェンジしてなだめる。すぐまた叫ぶ。

「荷物持ちましょうか?」横に居合わせた人に声をかけてもらったけれど、

「大丈夫です、ありがとうございます。」

デモ出発前の挨拶がちょっと長いかなぁと感じたりして・・。

やっと動き出してどうかしらと期待しつつも、

時間の問題。

今度は歩きながらのミルク作り。神業。

片手で持って飲みやがった。

おやつのパンとビスケット。

疲れている暇もないほど、歩いているの忘れるほど、

忙しかった。


でもこのくらい、どうってことない。

何かしたい。何をしたらいいのかわからない。

そんな気持ちにこの疲れは心地いい。


後半はスヤスヤ寝てくれた。


今日はリスクを承知で付き合ってもらった。

僕からの娘への問いかけ。答えを僕は遠い将来まで

待つことになる。

自分の立ち位置と責任の取り方を考える日常。
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2011年04月19日

 僕らは今、

 娘に一生懸命ウソをついている。愛情にあふれたウソを。

 許してね。

そのうちおとうちゃんとおかあちゃんが全責任をもって

広い原っぱで走り回らせてあげるから。

これは約束だ。

それまでの間、どんなにつまらないものか、wiiとかいうものを

 やってやろうじゃんか。

ねぇ、笑子。



2011年04月13日

今は毎日、身近に起きている現実をどうやって自分の身に取り込めばいいのかという試行錯誤の作業で忙しい。
作業は続く。その工程表。

1.毎日放射線量・風向・その他の情報をチェック。天気予報を今まで毎日見ていたのだからそのついでに。

2.娘に水道水は飲ませない。食べ物管理については申し訳ないが妻に一任。

3.外出したら着替える。仕事柄病院の出入りが多いので、今までもうがい手洗いはしていたけれど、服もあわせて気をつける。

4.雨が降ったら傘をさす。娘は更に。

5.掃き掃除を増やす。これも妻頼み。外出時はベビーカーの度合いを減らし、その分おんぶ・だっこを多くする。放射線は下にたまるそうなので。

6.焼酎をやめ日本酒にする。僕ができる応援はそのくらい。

7.原発近くの子供たちのことを一生懸命考える。

8.選挙は必ず行く。選挙は自分の社会的立場の意思表明の場。自分が入れた人が当選するかしないかはあくまで結果。意見は言わないと、同じことがまた起きる。

僕は、10年20年先の、それも比較的低いかもしれない可能性を気にして暮らすことにしました。僕が娘にしてやれることはそのくらいしかできないし、僕らを100パーセント、何の疑いもなく信頼している娘を裏切ることはどうしてもできない。

なるべく具体的に考えることで前に進む力を得たいと思っています。
消化不良は続きますが、歩かないと。

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2014 東京→岡山→ 原発事故という我々の無責任について。 我が家のギリギリ疎開計画 https://t.co/h63Rn0E2fX
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