2012年03月27日

2012年 03月 27日

あとで勝手にリンクしようと思いますが、取り急ぎ。↓

“東京で被曝対策をして生きるということ”
http://hibakutokyo.com/

読みやすいかもしれません。
判断はどうぞ各自お願いします。
僕もじっくり読みこみ判断します。

次回に続く。



2012年03月26日

2012年 03月 26日

今日、がれきの問題について環境省との交渉が、衆議院第一議員会館でありました。

以下にその模様が見られるUSTアドレスお示しします。↓

がれき問題-環境省他院内交渉 http://www.ustream.tv/recorded/21375833

僕は、賛同人として参加しました。

会場には行くことはできませんでしたが

USTでの中継を見ていました。

少し長いですが見て頂くとわかると思いますが、

結論としては

“環境省は何も仕事をしていない”

ということになってしまいました。


環境省が示している数値は

結局机上でのつじつま合わせに過ぎなく、

現場で起こっている現実を

把握していないという

絶望的なものでした。

環境省は現在、

瓦礫受け入れを道府県自治体に要請していますが、

その放射背物質の基準値は高く、

測定方法もずさんであり、

また、現在受け入れの対象としている

岩手及び宮城県の“汚染されていない瓦礫”を

実は汚染状況の測定をきちんとしていないということも

明らかになりました。

環境省は、基準値を机上で決めただけで、

その検証も測定もおろそかにしたまま

瓦礫の受け入れを強行しようとしています。


環境省は机上で数値を決めただけで

その影響評価をほとんどしていないということが分かりました。

簡単に言えば、

瓦礫汚染もダダ漏れ状態というわけです。

これは事実ですので

恐怖をあおるとしたとしても言わざるを得ない。

なぜならそれは事実だからです。


お時間あれば見てください。


ご判断は自らの判断でお願いします。


さて、です。

僕は頭を整理しないといけない。

そのためにここでこうやって書くことを許していただきたい。

なにかのお役に今後立てばうれしいですが、

そうならない方がいいとも思います。


今僕はいろいろ調べています。

仕事のこと、住まいのこと。

様々な支援サイトが立ち上がっており

情報を得ることは必ずしも大変ということはありませんが、

まずこちらの意向をきちんと整理しておかなくては

何をどう考えれば、

何を優先すればということに

葛藤し混乱してしまいます。

頭の整理は大事です。


一端怖いと思ったら、

なかなかそれを訂正するの難しい。

それはとらえ方の問題で、

例えば、今福島の子供たちが

僕の住む世田谷に一時避難をしています。

一方で僕の娘は世田谷から疎開をしている。

これはとらえ方の問題で

どちらが正しくてどちらが間違っているということではないと、

僕はそう今は判断しています。

さて、

今学者、専門家の間でも

言ってることは様々です。

同じ危険サイドの人でも

比較的楽観的な人は頑張れば関東は一部を除いて大丈夫

そういう人もいますが

一方で極端な人は

3月に東京にいた人は

あと20年は生きられない

そういう人もいます。

結局自己判断になるわけです。

しかし、何らかのリスクを負ったのは

どうも間違いないらしい。


どうも酔っ払って何書いてんのかわかんなくなってきました。

言いたいのは

なにを優先させるのか、です。

我が家が今一番優先させているのは

娘の暮らす場所です。

東京はなしです。

あってもかつてのように外出は極力控える。

歩かせることはせず、おんぶか抱っこ。

食事も要注意。着替えは玄関で。

娘は一カ月の九州滞在で

すっかり外遊びを覚えました。

今更外出禁止は忍びない。

そんな窮屈な生活は

もうできないです。

そうなると、住まいと仕事の問題になる。

仕事とは誰の仕事か。

妻なのか、僕なのか。

妻だとして、どこで探すのか。

今いるところは4月いっぱい。

住まいと仕事を同時に決められるのか。

妻が先に決めたとして

そこに僕の仕事はあるのか。

順番が決まっていればまだ

いいのだけれど、

その順番から決めなくてはならない。


話、伝わっていますかねぇ。


書いてる僕はよくわかっていない。


こうなると、順番は、

決めるんじゃなくて

決まってい行くのかなと。

つまり

いい仕事が先に見つかるのか、

いい住まいが先に見つかるのか、

なにが先に見つかるのか、

それによって方向が決まっていく。

そういうことかなと。


まだいろいろ上げなきゃいけない点があるはずなんだけれど、

アルコール消毒で

消えてしまった。


情報は決して不足はしていない。

いまひとつひとつあたっている。


とっかかりとしてどういう心持でいけばいいか、

書こうと思っていたんだけど

支離滅裂になった。

ただ長いだけで。

失礼な話だ。

スイマセン。


いずれ書きなおします。


次回に続く。



2012 03 26

 

きょう未明に東京電力柏崎刈羽原子力発電所の6号機が定期点検のため止まりました。

これで東京電力管内の原発はすべて止まり、54基のこの国の原発で動いているのは北海道の泊原発3号基のみ。

今原発は1基しか動いていません。

これも近日中に止まります。

北海道電力は、4月に予定されている“定期点検”を5月にのばそうと、申請を出そうとしています。

とにかく最後の一基は止めたくないという悪あがきにしか見えません。

 

定期点検をのばすんです。

何で?となるでしょ、普通。

車検だってそうはいかないんだ。

 

国がやってる施設のなんか無駄な感じ、役所行った時のもう何とも言えないまどろっこしい感じ。

形さえあればいい。行政のやることはいつもそうです。

僕は原発もそうだと思っている。

つまり、原発の発電は、電力供給の要にはなっておらず実はその他の発電システムによってバックアップ体制が整っており、仮に原発がなくても、“なんとかなる”状態で以前からずっとあったんだと僕は思っている。

 

ツイッターに書いても反応薄いんで自分で言うけど、これ、どんどん信憑性出てきてないかな。

 

大体、定期点検でそもそも止めなきゃならない発電所に頼るっていうのが解せない。

怪我ばっかりしていた広島の前田より、やっぱり鉄人衣笠の方が信頼感あるものね。

 

古いかな。

 

よく休む奴に仕事は任せられない。最初からよく休むと分かっていればそれなりの対応しとくよね。

それが普通だよ。

 

原子力発電所は究極のハコモノ行政だ。

それもアメリカに押しつけられたね。

 

茶番なんだ。

茶番だまって見てていいのか。

それがもとで僕ら毒撒かれたんだよ。

今も子どもがその空気吸ってんだ。

土で遊んでるんだ。

食べてんだよ。

 

許せるか。

 

自業自得は僕はいい。

子どもは関係ない。

僕は娘を絶対八十何歳かのおばあちゃんにしてみせる。

 

ほんとのことを言うと殺されると思っている元行政官がいる。

生活のためほんとのことを書かない記者がいる。

僕らはもう命を張らなきゃいけないんだ。

そもそも毒被ってんだし。

子どもはもうとっくに命を張っている。

親の僕らが張らずにどうする。

 

僕は命を捨てたとは言わないが、

覚悟はしている。

それが今、持たねばならない責任だと思う。

自由はそのあとでいい。

 

次回に続く。



2012 03 26

 

きのうのデモの様子です。

http://www.ustream.tv/recorded/21345480

宮下公園

http://www.ustream.tv/recorded/21183768

出発、かな。

http://www.ustream.tv/recorded/21346584

公園通り

http://www.ustream.tv/recorded/21347553

表参道

僕も映ってた。

相変わらず孤独だな()

僕は書くのは好きだけど話すの得意じゃないから。

今度は頭にアカウントでも張っていこうかな。

 

次回に続く。



2012年03月25日

2012 03 25

 

渋谷のデモから帰ってきた。

“TwitNoNukers 反原発デモ@渋谷・原宿”

ツイッターでの呼びかけで集まったデモ。

もうデモは恒例だ。

プラカード持ったり、太鼓叩いたりラッパ拭いたり、デモというよりパレードっていう感じ。

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デモにはいろんな人が参加する。

老若男女。多種多様。

茶髪のロングブーツの女の子も自前のプラカード持って叫んでた。

原発いらない、と。

僕は自然とベビーカーの近くにいつも並んじゃう。

時の政治家は一人ベビーカーを押しながら原発いらない、子供を守れと叫ぶママの気持ちが判るのか。

僕は泣けてきた。

その向こうに僕は遠い長崎のあの公園で遊ぶ娘の姿を薄く浮かべる。

 

分かりやすく言えば、

多分僕なんかは、新興宗教にはまっちゃった“向こう側に行っちゃった人”くらいに思われているんだろう、いつも大体そう思う。

僕はそれを否定しない。

僕は、なにが起こっているのはわからない時、ましてや、子どもの健康に、生命に、人生に、少なからず影響があるかもしれないと思われるような時、“大事をとる”のは当たり前だと思って、過ごしてきた。

そして当たり前のことをやっているだけだと。

原発反対?

当たり前だよそんなの。

原発で食っている人もいる。

原発で働いて僕と同じように

子どもを育てている人もいる。

そんなの知ってる。

だから簡単じゃないんだよね。

それでも止めなきゃなんない。

当たり前だから。

そのためには原発で働く人々の仕事も考えなきゃなんない。

その地域の経済を考えなきゃなんない。

止めるのは簡単じゃない。

だからデモをする。

 

安全だという、大袈裟だという彼らが左にいる。

危険サイドに立った僕らが右にいる。

この二つが一体どの辺で折り合うのか、それが判るのはもう少し先になるんだと思う。

現実がどこに落ち着くのか、それは分からない。

僕はどこに落ち着いても後悔しないようにしてるだけ。

騒いだわりには…、それなら僕は腰を抜かして喜ぶと思う。

それから言うかな、金返せと。

金返せと、言いたいよ。

その方がいいに決まってる。

 

僕はきのう荒れた。

悪い方に気持ちが行ってしまって当たり散らした。

妻にも。

たまにはそうやって吐き出さないとと

自分をなだめる。

 

やることやって頭の整理がついた。

次のことを考えられるようになった。

仕事・住まい・その他いろいろ調べている。

やっとそういう風になってきた。

情報はメールで妻に伝えている。

娘の写真付きのメールで返事が返ってくる。

そういう生活。

とにかく僕は5月からの生活を決めなきゃなんない。

サバイバル。

望むところだよ。

具体的な情報、有益だと思った情報あれば、ここで紹介もしますが、今日はここでやめときます。

焼酎で酔っ払ってその余裕がありません。

スイマセン。

 

次回に続く。



2012年03月21日

2012 03 21

 

最初はキョトンとしていた。

大きな目を開け必死に頭の中を整理しているようだった。

僕が知らない娘の表情だった。

しかし彼女はすぐにその表情を笑い顔に変えていった。

彼女は満面の笑みで僕のところに走ってきた。

両手を上げて僕のところに走ってきた。

忘れてなかった。

僕は久しぶりに娘を抱きかかえる。

泣きながら妻も寄り添った。

 

長崎駅のデニーズの前で、僕ら3人はドラマのワンシーンをやってしまった。

恥も外聞もない。でもそんなこと、どうでもよかった。

 

列車の時間が来るまでの間、僕らは駅ビルの中をまわった。

デニーズでお茶をした。

話をたくさんした。

おむつを替えた。

そして切符を買って列車に乗った。

まだまだ話があった。

列車を降り、3人で歩いて帰った。

風呂に入った。

頭と体を洗ってやり、着換えさせた。

部屋に帰って髪をとかしてやった。

そして一緒にご飯を食べた。

 

日常が帰ってきた。

 

疎開先ではたくさんの母子、夫子疎開者が共同生活をしている。

こんなことがなかったら決して経験することがなかったかもしれない生活。

のぞんだことではないけれど、妻と娘には貴重な経験かもしれないと思うとそれだけでもほっともする。

そしてなによりここは安全だという気持ちが何より僕を落ち着かせてくれた。

たくさんの仲間がいることも大きい。

 

新しい日常。

娘が先に歩いて僕をすぐ下の公園に連れていく。

たまに振り向き僕を促す。

彼女は滑り台がお気に入りになっていた。

僕とうちの近くの公園の滑り台で遊んだのは、36日だったかな。

去年の。

彼女は僕の知らない滑り台に連れてきてくれた。

怖くて一人では滑れないくせに何度も階段を上り滑る。

そっと僕に向かって手を出し僕の手を借りながら。

怖がってたのにと、妻は不思議がり、そして嫉妬する。

ごめんね、お母ちゃん。

 

彼女は何回も何回も階段を上り、滑る。

声を上げ、すたすた走って滑り台の階段に向かっていく。

また手を出し、ぼくの2,3本の指を握り滑る。

いつまでも続けられないことを知っている僕はとっても楽しかったけど、とっても辛かった。

 

まんまの時間だよ、帰ろうよと言うと彼女は首を横に振る。

そして階段に向かってまた走る。

終わらせたくない滑り台をまた滑らせて聞いてみた。

そろそろ終わりにしようよ。

彼女は無視をした後また首を振る。

やめたくないと。

本当はおとうちゃんもだよと、

僕は腹の奥で言っていた。

 

僕はあの公園が

好きなのか嫌いなのか分からないでいる。

 

僕は3日間、ゆっくり過ごすことに勤めた。

無駄な抵抗だと分かってはいたけれど。

あっという間だった。

 

辛いのは、次の予定が決まってないこと。

僕らをつないでいたチケットももう使い切ってしまった。

決まっているのは疎開先が4月いっぱいまでということだけ。

次会うのがいつなのか、どこで会うのか、何も決まっていない。

こんな辛いことはない。

 

3月の僕の仕事はほぼやり遂げた。

金の心配はたっぷりと残るが、逆に言えば金の心配だけしていればいい状況になってきた。

 

僕は次のことを考えなければならない。

次のことを考えなければ、娘になかなか会えないのだから、これはもう必死だ。

 

次に進む。

進まないと。

 

長崎~佐世保間を走る大村線の千綿駅は大村湾に面した所にある素晴らしい景色の駅です。

ここで僕ら家族は三度お別れをしてきた。

でもこれは前に進むための別れ。

妻はべそをかき、娘は怪訝な顔を崩さなかったけれど、僕は頑張ってねと二人のおでこをペンペンと張ってやった。

僕も我慢はしなかった。

列車の中から僕はおおべそをかきながら妻には頑張れと娘にはごめんねとつぶやいた。

娘はまたキョトンとした顔をした。

 

次回に続く。


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2012年03月17日

2012 03 17

 

パン作りのリベンジ中。

今度はうまくいきそうだ。

今夜はうまく膨れてくれたし粉は飛び散らないし、手もあんまり汚れない。

 

今日の仕事は四つ。

洗濯は済んだ。

今週の売り上げの〆も終わった。

そして明日の準備も大方できた。

あとはパン作り。

うまくいくかな。

 
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ビートルを一時抹消した。

車検証が登録識別情報等通知書というものになった。

車には悪いけど、

これで少し身が軽くなった。

日一日とこれからどうなるのか、これからどうすべきか、変化する。

僕が今一番欲しいものは、23日前からパスポートになった。

国外避難もしゃれじゃなくなってきた。

しゃれなのかもしれないが、人の笑いのセンスはそれぞれ違う。

 

この国が子どもを大切にしないということがはっきり分かった以上、自分たちでなんとしても守りきらなければならないのだからそれこそ体裁なんか気にしてられない。

今までの常識も去年の311日より向こう側にぶん投げてきた。

ぶん投げるものがもう一つあった。

僕の飯の糧、タクシー君。

明日日産カレストに投げてくる。

車検なのだ。

営業普通車は毎年車検。

ここでもまた既得権益の餌食になる。

許認可事業の辛いとこ。

車を預ける間が僕のこれからの人生の洗濯の時間になる。

 

娘のところへ行ってきます。

 

今回のチケットを使ってしまうと妻も娘も、そして僕も、たがいに会いに行くための手段を使いきる。

切れてしまう。

本格疎開の本領発揮だ。

 

毎日毎日こなす作業。

なかなか進まない新天地探し。

心ここあらず。そういう日々が続く。

けれど明日から数日は娘に笑い顔をあげてこよう。

一番つらいのは彼女なんだから。

 

今週しなければならなかったノルマはほぼ達成した。

なのにわかない達成感。

得体のしれない未来が目の前にあるからかな。

 

今日もなんかさえない文字の羅列。

書いていてストレス感じるんだから読んだら不快感に違いない。

失礼なことだ。

許してほしい。

 

待ちに待った日。

待ちに待った明日は雨になりそうだ。

前と変わらないジンクス。

変わらないものへの郷愁。

 

パンができた。

初めてとしてはまぁ良しと妻からメールで合格貰った。

 
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次回に続く。



2012年03月15日

2012 03 15

 

イライラする。

パンが全然うまくいかない。

五分こねろとメールで言われた作業が一時間たっても終わらない。

手にくっついた方が多い。

どうなってんだ。

もうやめだ。

炬燵に入れてあっためてるけど、うまくいかないの見え見えだ。

 

今日午前中練馬に行ってきた。

運輸局。

ビートルの一時抹消の手続きとった。

 

ナンバーこちらで預かりますねぇ、はい、隣の2番にだしてくださぁ~い、印紙はっときましたからぁ、ハンコ押してくださいねぇ、住所番号票あちらにありまんでぇ、ハイ次の方どうぞぉ。

・・・流れ作業。

 

あれと思った。

14年付き合ったナンバーとずいぶんあっさりお別れしちゃったな。

ざわついた中で

ちょっとしみじみした。

 

しんみりしようかと思ったがパンの失敗が邪魔をした。

パン粉で部屋は汚れ手はパン粉だらけになり、生地は元の半分になった。

携帯は粉を吹いている。

 

一時抹消で一段落ついて掃除したのに、気分を改めたのに台無しだ。

今日はもうダメ。

なにしても。

 

明日、出発の準備だ。

 

次回に続く。



2012年03月13日

2012 03 13

 

納税してやった。

ビンタするほどなかったが、好きにしろ。

人の金を金とも思わず使うんだろ。

そっちがそっちなら、こっちもこっちだ。

 

いつも三人でいくOKストアに今日一人で行ってきた。

カップラーメンたくさん買った。

パンの材料も買った。

パン作り、挑戦してみようと思う。

なのに無塩バターだけ買い忘れた。

僕は荒れた。それだけで。

電話で慰めてもらった。

情けない。

 

むこうで妻は役所の方と家の話をしたそうで、空き家がいくつかあるらしい。

僕が行くときに見学予定を合わせてくれた。

 

他にも候補地があっていろいろ吟味しなくてはいけない。

ありがたい話です。

感謝。

 

捨てる国あれば、いや違う、捨てる神あれば拾う神ありで、きのうは夜、昔の会社の応援で、スタジオのばらしに行ってきた。

引き取り。

 

ちょっと前に人がいなく手伝ってもらえますかと向こうから連絡してきたので、ああいいよ、夜でも動けるよと言っておいた。

あいかわらず連中は時間にルーズで18時終わりが20時半くらいになっていても何事もないようにでてきた。

一日でやんなるな。

 

テレビの悪口散々言っておいて仕事はちゃっかりやっちゃった。

許して。

背に腹は代えられない。

ギャラの話をしないと。

ふんだくってやる。

 

おかしい。

この前買ったと思った焼酎がもうちょっとしかない。

まあいい。

次のいいちこは、おととい実家から貰ってきてある。

 

先日の慰霊祭での天皇陛下のお言葉です。

ノーカット。

テレビはこれを編集し、放射能についての言及部分を一切報道していません。

これをどう思いますか?

http://twitvideo.jp/07KIc

 

次回に続く。



2012年03月11日

2012 03 11

 

今日は一人になってはじめて焼酎を抜く夜、・・と、そう書くつもりだったけど、調子が出てきた。

薄めに一杯。

今日は忙しかった。

 

きのう相模原の実家へ行き、泊ってきた。

孫を連れずに一人で行くのは忍びなかった。

けれど、お袋は理解してくれていた。

“もうさぁ、地震いつ来るかわかんないんだから。

怖いよ、東京みたいなところにいたって・・。”

と、お袋は本心なのか、あるいは地震に理由を置き換えて自分なりに納得しようとしているのかはわからないけど、とにかく強い口調で言っていた。

今のことをずいぶん本音でしゃべれた。

初めてかなと思うくらい、よくしゃべった。

酒がすすんだ。

お陰で久々頭痛が出た。

悪くない、夜だった。

 

今朝は残念ながら頭痛が残っていた。

仕事があるのに。

僕は工具セットを持って久々にMY VWに挨拶に行った。

お利口さんは相変わらず目の前の電信柱をじっと睨んでいた。

お疲れさんと、僕は礼を言う。

済まんけど、しばしお別れだ。

別れるわけじゃない。

いっとき走る権利をお預かりさせてもらうよ。

できるなら、いつか君をきれいにして、ピカピカのナンバープレート付けてやりたい。

その時は、娘のお世話も頼みます。

君らあんまり付き合いないからな。

 

とりあえず、とりあえずしばしお別れだ。

 

14年分の錆をCRCで落としてやって固いナットを緩めた。

とりあえず、ありがとう。



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今日は特別な日だ。

 

追悼はいいが、振り返るのは勘弁してほしい。

まだ終わりもしないことをなぜ振り返るのか、君らは子供を見捨てるのかと、聞いてみたい、というか、罵倒してやりたいと思うし、映像の連続は趣味が悪い。

僕の嗚咽もなかなか止まらない。

僕は車のテレビを消す。

消しても運転中はどうも、余計なことを考える。

突然泣き出してしまう。

あぶねぇな。

 

お袋がおかず付のおにぎり弁当を持たせてくれた。

世話がやける子供だな。

 

昼に帰ってきて仕切り直し。

用足しが一件。大井町に行く。

面倒くさい。ガソリン勿体ない。

高いんだよね、今、ガソリン。

1446分が気になる。

一時間前、去年のあの時、揺れに遭遇した同じ場所で信号待ち。いい感じじゃない。

中原海道の石川台の信号です。

 

1446分は運転中だった。

実車中だったから心の中でそっと黙祷。

 

15時半過ぎに帰ってきた。

さぁどうするのかなと自分で自分を注目したら、さっさと次の出かける準備をし始めた。

今度はジーパンで帽子はニット帽。

 

目指すは国会議事堂だ。

やっぱりじっとはしてられなかった。

 

久々の電車。二子からだと一本だから、永田町で降りた。

外へ出たらいきなり人の渦。警察官の山。

そしていきなりストップ。

先へは進めませんだって。

 

国会議事堂周辺にこれだけの人が集まった光景を僕は初めて見た。

結局僕は永田町の駅から

警察の議事堂よりの歩道の封鎖のおかげで一端首相官邸の坂道を降り、外堀の裏を抜け溜池からまた上って首都高の霞ヶ関ランプまで歩いた。

行けども行けども歩道封鎖。

日本国憲法では集団結社の自由はこれを保障するとはっきり書いてある。

僕は警察の行使によってその権利を一部妨害された。

弾圧はいつでもある。

教科書の中だけの話じゃない。

 

僕が本気で戦おうと思ったら向こうから太鼓をたたく音が聞こえて坂を登りきったら外務省の脇からデモの行進が見えてきた。

今まで一人さみしく歩いていたのにこりゃまたものすごい人。

そんな感じだった。

よかったよかった。合流合流。

 
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警察発表は7000人だと誰かが言っていたのが聞こえたけれど、そんなもんじゃなかったな。

ヒューマンチェーン。

国会議事堂を手をつないで包囲する。

2,3周できたんじゃないかな。

 

今度は国会会期中の昼間がいい。

彼らを攻めなければ僕らのいる意味がない。

頭のいい連中は頭を使うことばっかりに夢中で、この明りの眩しさを知ろうとしないのだ。

愚かなんです、そういうのは。

分からないのであれば

退場していただかないといけない。

それは理屈なんか駆逐する心がここにあるから。

死んでも離してはいけない心。

 

しっかりしよう。僕らはしっかりしないといけない。

 
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だらだら、後半の面倒くささがよく出てる。

 

いつものことながら、

スイマセン。

 

次回に続く。



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