2012年05月19日

2012年 05月 19日

妻と娘は、最近二人で出掛けるようになりました。
屋内で娘が歩き回れる場所は限られます。
二子玉川ライズ、IKEA、そしてきのうはモザイクモール港北。

僕は、頑張り方を考えています。
考えなくては頑張れなくなった。
いつまでも空回りしていたら続きません。

恥ずかしながらやっと気付いたことがあって、
それは、移住に必要なのはお金だということです。
僕と妻はバイト探しに奔走しています。
なかなか条件整わず、四苦八苦しています。

まだ恵まれている僕は、あれやこれやと考えられることはすべてやろうと、本業の売り上げ拡大策、あらゆるジャンルの副業模索、そしてアルバイトと、資金底上げにない知恵を乾いたぞうきん絞るようにひねり出しています。

娘のためです。

自慢じゃないがうちの娘は可愛いです。
この親から何でと思うほど、可愛い。
もう少し鼻がだんごっぱなでなくて、目が二重だったら申し訳ないが誰も勝ち目はありません。
いまだにこの子はどこの子なんだろうとためしに本人に聞いてみたりしています。
答えませんが。

僕らはこの子をかっこいい、いい女にしないといけない。
乱暴な子がなぜかやさしくなるらしい我が娘。
素質はある。
必ず僕らは君を守る。

僕は今弱っています。
毎日のように妻をいら立たせている。
言い訳はしません。
しないことが今の僕のすべきことです。
頭ではわかっています。

見苦しい、読みづらいこと書いているかもしれませんが、それが何か役に立つならと思い、書いています。
皆さんの子どもたちに何ができているか、それを考えると恥ずかしい限りです。

ゆっくりでも前へ進みます。子どもの為です。
今の大人がやるべき仕事はそれしかありませんから。

次回に続く。



2012年05月07日

2012年 05月 07日

魔の2歳児が靴を履いて外へ出ると言い出した。
妻は黙って首を横に振り制止する。
僕の親父は数カ月ぶりにやってきた孫娘にはしゃぎよれた凧を上げようと一生懸命表に誘う。
“今日は風が強いよ、上がんないよ”と僕ははぐらかした。
お袋もそうだよできるわけないよと親父を軽蔑したが、それがいつもの通りの軽蔑のなのかそれとも僕ら家族の事情をくんでのことなのか、僕には読み切れなかった。

5月5日の子どもの日には相模川には強めの風が吹いた。
年に一度の大凧は優雅に空を舞っていた。
ほんとなら強風の中、
埃が舞うような河原には行く気はなかったが、いとこ家族の子供たちは行く気満々で自前の凧を準備している。
もう一回行ってきたと言っている。
午後も行く。普通なら当たり前のこと。
ようし行くか、上げるの手伝ってやるとは今の僕にはもう言えない。
娘を抱っこし、僕は何を取りつくろっているのか自分でもわからぬまま出かけた。
ついてくる妻の顔は見れなかった。
僕はふがいない。

ダメだと認識したことを根拠なく大丈夫と思い改めることは難しい。
僕たちは誰より一番娘を外で遊ばせたいのに根拠のないままただ雰囲気で流されるようにそれを許してしまうのはしたくない。
しかし娘のストレスをためることもしたくない。
風のない、埃の舞うことのないとこなら少しはいいか。
僕らはまたそこで葛藤する。

こんな生活。
だから今僕はとても焦っている。
はやく移ってしまいたいのです。
しかし、考えることが山のようにあって逆に手がつかない。
今の仕事の売り上げも考えなくてはならないし、支払いのことも気にしていないといけない。
払っても払ってもまた払えという。
次は何だという感じ。

難しいプラモデル作りを、今頭の中で作業工程を整理しようとしている。
困るのは、組み立て図がないこと。
混乱なんてもんじゃない。
麻痺だ。

昔の僕が言っている。
難しい問題は単純に考えろと。

そうか。そうだった。
けれど、もうひとつの問題、じゃまの問題。
頭に“魔の”がついた2歳の娘が一人唄いながら走り回って僕の作戦会議に乱入してくるのだ。

娘のせいにしようというんじゃない。
勿論、妻のせいでもない。
僕のキャパの問題なのです。

僕はたまに宙に浮きたくなる時がある。

ダメな夫です。
ダメな父親です。
ダメダメ君です、ぼくは。
こんなこと、
こんな子ども騙しに綴るのだから。

次回、今の僕には浮かびません。

追記:5月5日に日本に存在する原子力発電所がすべて止まりました。
これは僕たちが稼働反対を主張した故の成果です。
しかし止めればいいというものではない。
それにより職を失う人がいる。
廃炉の問題は依然として残る。

そしてなにより、起こった大参事は何も終息しておらず、今のこの瞬間もたくさんの子どみたちが被曝している。
脳なし閣僚が連休中、
人の金で視察だと言って海外に遊びに行きまくっているさなか、子どもは苦しみ、知らされぬまま放射能を浴びながらお母さんと出かけているんだ。

これを狂気の沙汰と言わず何というか。

この国は子どもを守らないどころか、積極的に殺そうとしている。
これは事実です。
言いすぎでもなんでもない。

国がそういうことやるということを想像できないなら特攻隊を思い出してください。
国は子どもを殺してでも国体を維持しようとする。
いや、しています。

ぶっ潰さなくていけないことはくさるほどあり、原発問題はやっとこれから始まる。
そして僕の個人的な問題も山積している。

しかし、とにかく、手はつけなきゃいけないですね。

次回、続けようと思います。




2012年05月02日

2012年 05月 02日

妻と娘が帰ってきて一週間たつ。
戦いの前線にあった参謀本部は今は娘の城になっている。

娘は僕が出かけることを警戒する。
何度も長い別れを経験させてしまったせいで、僕が動くとくっついてはばれず、出かけた後は騒いで大変みたいだ。

娘に僕は辛い思いをさせている。
半分すまないと思い、しかし一方で半分強くなれと期待している。

彼女には申し訳ないが強くなってもらわないと困るのです。
ぼくがいずれ役に立たなくなって、そしていなくなる、これからの世の中は今以上に強くないと生きていけないと思うから。
だから、明るく強く、笑って豪快に生きてぬくだけの力を彼女には持ってほしいのです。

まぁ、ですが。

そういう期待や思いや予測とか、そういうものはとりあえずこっちに置いといて、この一週間は、呑気に楽しく過ごした一週間に、させていただくことができました。
家族はやっぱり、一緒に暮らすのが一番です。

休みになると体調が崩れる。悲しい性。
二人が帰ってきて気は抜けたせいかもしれなし、それにダメを押してしまったせいもある。

久々ロケに行ってきた。
あんだけテレビのことぼろくそ言っといてロケなんか行くなんてと、僕も思う。
魂売ってるかもしれないが仕方ない。
生きるためだ。
前の会社には、あいてれば手伝うよと言ってある。
向こうからお願いしてくるのでこっちはやりやすい。気まで使ってくれる。
僕には僕で、考えもある。

ありがたい。

今回余計に行く気になったのは、
昔世話になった人と再会できるということと、内容が、超スーパースターのPVロケだったから。
“お~イイねぇ”と即答でok出した。
もと上司や“戦友”とたっぷり話ができた。
スーパースターと同じ部屋の空気を吸えた。
間近にいれた。
この気もちを表現するとばれてしまうのでそれはやめておく。

息抜きと思っていたロケが、とんでもない、溜まった疲れを吐き出すきっかけになった。
ロケはいつも騙される。久しぶりの日付越え、日報は25時と報告した。

全身の筋肉痛と頭痛、のどの痛みが3日ほど続く。
今日ものど飴欠かせない。
痰が絡んで仕方ない。
筋肉痛と頭痛はだいぶ引いたが倦怠感は収まらない。

歳は取りたくないってこういうことか。

きのう今日と仕事を軽くこなし、明日からは妻の“戦友”とじじばばに会いに行く予定。
そうそう休んでもいられないが、休む時間も大事だ。

頭の中に移った参謀本部はそれでも相変わらず先を見据えて画策している。

連休はすぐ終わるからね。

次回に続く。




2012年04月27日

2012年 04月 27日

妻は片づけに追われている。
送ってきた荷物の空の段ボールときのう買い物で貰ってきた段ボールはばらさず箱のまま取っておく。
僕と考えは同じだった。

ピンクのキャリーケースは娘のおもちゃ棚の横にどかんと置かれている。
妻は長崎から疎開の集団生活のおおらかな習慣も土産に持ってきた。
そのほうが気は楽になるからいいなと思う。
以前の生活を考えると僕らは相当頑張っていたなと思う。

今回、妻に見てきてもらった物件については諦めることにした。
山の中で、足の問題が一番ネックになった。
建物と環境は素晴らしかったんだけど。
そこでの移住あっせんの方とは今後もやり取りさせていただけそうだ。
それだけでも意味があった。

いい情報あればすぐに長崎から知らせが来ることになっている。
今一番の頼みの綱は長崎。
夏にまた行くかもしれないが、その前に決めてしまいたい。

僕にもう少し金銭的余裕があれば移住なんて難しくない筈なんだ。
探すのが住まいだけでなく、仕事もセットだから難しくなる。
住まい先か仕事先かも実際動いてみるとその判断は難しい。

移住なんてそもそも余裕があるからできるのです。
ない人間がどうやって移住するか、それも過酷な状況で。
是非それを僕はここでご案内したい。

それが僕のここでの目的です。
皆さんの子どもたちへのせめてもの償いだと思っています。

頑張ります。
お知恵をください。

次回に続く。



2012年04月26日

2012年 04月 26日

今朝はものが書きずらくて仕方ない。
ひとつは調子の悪いパソコンのせいだけど、もうひとつはさっきからおもちゃをちらかしつまみ食いをし、くっついて離れない、奴のせいだ。

空港の荷物受取りの向こう側から彼女は必死に僕を見てくれた。
走って僕のところに来てくれた。
僕は三度抱き上げる。

娘は大人になった。
僕は最初少し照れてしまった。
彼女は照れてなんていないのに。
娘は娘で考えて動くようになったかな。
そう見える。

まだ部屋はたくさんの荷物と思い出話でごった返している。
今日は片づけの日だ。
そして買い物の日。
匂ってきた。
おむつ替えよう。

戦いは明日からになるかもしれない。

次回に続く。



2012年04月24日

2012年 04月 24日

出発の朝を二人は迎えているはずだ。
妻はきのう荷物をこちらに送り、お世話になった皆さんに挨拶をして回った。

娘が初めてブランコで遊んだ公園にもお芋を植えた畑にも。

娘には第二の故郷ができた。
娘の人生ははじまっている。

感謝。ありがとう。

妻は少しセンチメンタルな気分でいるんだろう。
彼女にとっても忘れられない土地になったはずだ。

けれど、僕は前に進む役に回る。
厳しいことは言いたくないのでここだけで言うけれど、今そういうセンチメンタルな気持ちは命取りになりかねない。
次に進まないといけない。
娘のために、次に行こう。

二人は移動し、物件を見て一泊した後機上の人になります。

次回に続く。



2012年04月23日

2012年 04月 23日
 
おはようございます。
今週妻と娘は帰ってきます。
その前に、二人は今僕らが検討しているある物件を温泉旅行を兼ねて見に行くことになりました。

その結果で判断したいと思っています。

これで何度めの二人の九州旅行になるでしょうか。
負担ばかりかけて申し訳ない。

今度動く時は3人一緒にと思っています。
もう別れ別れはごめんです。

あんな辛い別れは、
もうたくさんです。

次回に続く。



2012年04月20日

2012年 04月 20日

二転三転しています。
まさに今、進行中です。どうなるかまだはっきりしていません。
二転三転は状況だけでなく、僕の気持ちもあっちにこっちに揺れています。

移住候補の場所があります。
九州です。
先に希望していた方が正式に断念し、今この物件の決定権は我が家にあります。

しかし、僕にひとつ気になる点があり、そそてきのう、先方の状況が変化しました。
“交渉権”はありますが、あちらの状況しだいであり、仮にあちらのOKが出たとしてもまだこちらの判断が残ります。
そしてそのあとには相変わらず金の問題が控えている。

まぁ金はどうにかなる。
というか、どうにかする。しないといけない。

金がないという理由で殺されたらたまんない。

この状況で金の話を前に持ってきちゃいけないと思っている。
ちっとも前に進まなくなる。

まぁそれはいい。

今日また状況が変わるはずです。

妻と娘がいない水曜日と木曜日がなくなりました。
今日で金曜日もなくなります。

僕は部屋の掃除を一生懸命やらないといけない。
また娘を守らなきゃいけない生活がはじまる。
それでもどこかで僕はその日を待っている。
すぐにこの汚れた土地を離れるという決心を担保に。

次回に続く。



2012年04月17日

2012年 04月 17日

娘と妻は来週帰ってくることになりました。
手配も完了。
あくまで“とりあえず”。

そして、神様にお願いすることが一件できました。
五分五分ですが、うまく行けば僕らの人生が少し動きます。
どうなるか。

長崎を、住居探しと仕事探しに翻弄し、散らかしまくってしまった感があります。
申し訳ないです。
たくさんの人にお世話になりました。
立ち上がりは消え立ち上がりは消えていったたくさんの情報。
お母ちゃんは頑張りました。
ホントに頑張ったと思います。
今もまだ頑張っている。
娘も、頑張った。

ご褒美をあげたいです。

疎開期間の終了が迫ってきた中、僕らはスパートをかけています。

何も決まらなかった時のためにと頼っていた鹿児島のお袋の実家は連休中に出かけるということでその線は消えました。
声をかけてくださった大坂のご夫妻にはいい連休を過ごして頂くようお願いをしました。

僕は二人をとりあえずいったん戻し、体制を整えることにした。
九州に一粒種を撒いて。
種は芽を出すかわかりません。
今は祈っております。
芽が出ればきれいな花が咲く様なそんな気がしているので。

どうなるかな。

運を天に任せます。

次回に続く。



2012年04月13日

2012年 04月 13日

今晩、脳なしで無責任極まりない4人の閣僚が首相官邸で福井県の大飯原発再稼働は妥当であるという結論を出しました。
福島の一部地域は、今後100年人が住めなくなりました。
その原因を作った原発はいまだによたよた放射能を垂れ流しています。
そのさなかに、あっちのは大丈夫だろうと簡単に決める神経を皆さんはまともに受け入れられますか?

そんなはずは、あるわけないです。

狂気の沙汰なんていう、そんな言葉じゃ言いきれない。
彼らは人ではありません。

まぁどうにかなるだろうという時代は終わりました。

なにもしなければ何もしないような結果しか出なくなった。
それでもいいというなら仕方ない。
地獄を見るのは僕らじゃない。
僕らの子どもたちだ。

今、首相官邸で毎週デモがあるのをご存知ですか?
テレビはすぐわきを通っているのに報道しない。
再稼働阻止に向けたデモです。
団体なんかじゃありません。
反対する普通の人たちが集まってきている。
テレビは、彼らを異端扱いし、狂信的な団体だと、組織の理屈で無視している。
愚かな人間たちだと思う。
僕はそこにいたからよくわかる。
彼らは自分がどこに立っているのか一番判っていないのです。

悔しいが、覚悟を決めるべきだと思う。
なんの覚悟かって、生きる覚悟です。
僕は妻と娘と3人で、
がっちりスクラムを組んで生きていくつもりです。

脱落者が途中でるかもしれない。

それを覚悟でしっかり3人で生きる。
そうでないと、殺されます。

比喩じゃない。
現実です。

僕は自分で言うのもなんですが、予想は当たる方です。
いろいろ当たってきた。
もう当たってほしくないが、これが危機管理。
仕方ない。

この国は、あなた方のお子さんのことは申し訳ないがどうでもいい。
そう言っている。
多少のことは諦めてくれと言っている。
許せますか?
彼らは僕らを苦しめてるんじゃない。
僕らの子どもたちの喉元に
ナイフを突き刺しているんです。
いいんですか?
いいわけない。
絶対にいいわけない。

テレビが大多数の人々をだまし続けているから、なんとかすこしでもテレビのやらないことの代償を補いたと思っているけど、微力にもほどがあることをどうか許していただきたいです。
申し訳ありません。
皆さんの子どもたちに僕は心の底から謝りたい。
すいませんでした。

次回に続きます。



Twitter プロフィール
2014 東京→岡山→ 原発事故という我々の無責任について。 我が家のギリギリ疎開計画 https://t.co/h63Rn0E2fX
ギャラリー
  • なんでここにいるのか危うく
  • 二泊三日のキャンプでいいのは
  • 我が家のギリギリ移住計画115
  • 宿題は?
  • 庭。
  • 新居です。
  • 今年は最後に引越しというわりと大きなイベントが
  • 引っ越します。
  • 引っ越します。
記事検索